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gare_01 のコピー.jpgfoto by TAKI

義足の戦闘機乗り
ぼくの好きなお爺さん

■わしは片脚じゃが心配しないでくれ、とそのケンタッキー・フライドチキンのカーネル・サンダースに似た老人は言って、小さなキズやへこみが無数にあるアルミハルを、カンと叩いた。

アメリカ・オレゴン州、コロンビア河の支流スネークリバー。カーネル爺さんは、そのジェットドライブのボートを駆って、喫水ゼロの急流を、鱒のように遡るフィッシングガイドだ。
「19のとき、トロッコに轢かれたんじゃ。それまでは君より元気なボーイじゃったがの」
カーネル爺さんは不自由な右足をかばいながらやっとデッキに上がる。
釣りをするために彼を雇ったのではない。
取材でオレゴン入りしたので、州観光局が紹介してくれた。爺さんに、普通のツーリストじゃ行けない、原始河川を見せてもらいなと。
コロンビア河とスネークリバーの合流点は州都ポートランドから車で2時間。
大陸の肺腑に分け入るように、キャニオンの底をコロンビア河に沿って伸びる84号線に載る、スペクタクルなドライブである。

ヘルムステーションに腰を据え、ジェットエンジンに火を入れると、老人は戦闘機乗りに変身した。
「ここから、わしのキャンプがある35マイル上流まで遡るぞ」
河はすぐ瀬になり、落差のない滝のように白く沸き、ところどころに黒い岩が出ている。
「この川には!ほんとの名前があるがの、わしらはスネークリバーと呼んどる、鮭も遡るし、 6mの蝶鮫もおるぞ、蝶鮫知っとるかポーイ、キャビアのママじゃ」
老人はジェットドライプの舵角を鋭く、しかし滑らかに操って、一度もハルを川底にヒットさせることなく第一の瀬をバスした。
「蝶鮫にはホワイトのとグリーンのがおってな、ここにはグリーンのが遡るんじゃ、グりーンのキャビアは絶品でな、わしらは身まで食うてしまうんじゃが、ロシア人はキャビアだけ採って離してやるそうじゃ、来年もキャピアを食えるからの、わしらもそうせにゃのう……」
のんびり話しながら、水面を見て水深を読み瞬時にコースを決め、第2、第3の瀬をパスしてゆく。

「この川で溺れた人をわしは何度も助けたことがあるよ、本当はステートポリスの仕事なんじゃが、連中の船は遅すぎて役に立たないんじゃ。
ボートも助けるよ、去年は3隻スタックしたの、そう、いままで都合28隻のボートを引き上げて、修理してやったよ」
川幅は広くて100mくらいだ。
右に鉄道が並走し、今世紀初めにその鉄道を敷いた半奴隷中国人労働者たちのギャレーや、駅の跡がある。今は廃れた林業の、夢の跡だ。
両岸ともキャニオンで、川と同様に蛇行する渓畔林のほかは、岩と砂と枯れ草しかない。
「ほれ、そこらに牛がおるじゃろう、谷の上の酪農家が子牛を連れて川まで降りてきて放してな、牛が大きくなったらまた降りてきてな、とっつかまえて売るんじゃよ、そのあいだずーっと放ったらかしなんだな、日本はステーキが高いんだろ、一頭くらい連れて帰っても分からんよ」

流れが穏やかになると老人はときおりスロットルを絞り、ディープ・オレゴンについて話してくれる。
インディアンの遺跡、野生のクーガ一、昔釣った、 55ポンドのスチールヘッドのこと……。

渓谷には風は入らない。
エンジンを切ると水の音しか間こえない。
カーネル爺さんの英語は子守歌のリズム、平気じゃよ、心配するな、わしに任せておけ、というふうに響き、染み込んでくる。
簡単なギャレーとテントの他には虫と林と水しかないプライペートキャンプに船をつけ、おれたちにオシッコをさせる。
ジェットドライブ噴出口の反流フラップを操作してポートをパックで出し、戦車のようにその場で180度回し、カーネル爺さんはノーズを下流に向けた。
「また来いよボ一イ、マスが太ったころにな」