「墜ちなければならない」時点に至るまでの時 間は、小学生だったころ、予防注射を待ってい た時間に似ている。 あるいは死を待つことに。 脳を操作して、時間感覚を先延ばしすることは できる。 しかし確実に、そのときはやってくる。 先発隊が墜ちた。 なにか抗えない力がかれらを消し去った。 かれらは一瞬のうちに死んだ。 遺体も残さず。 さっきまで混雑していたヘリのなかが突然、 がらんとする。 風の音がふたたび、鼓膜を博つ。 時は迫っている。 |
もはや猶予はない。 もはや痛みはない。 あなたは了解する。 ある種甘美な思い切り、たったそれだけのこと で、あれほど恐れた死を、受け容れることがで きるのだ、と。 墜ちる! 加速は一瞬で終わる。 !? あなたは虚空に浮いている。 もはや重力は感じない。 風の轟音が速度の証拠だが、まるで水に潜って いるように、風は全身に、全方向から押し寄せ てくる。はげしく墜ちているはずなのに、黄泉 の大地は迫ってこない。 永遠は一瞬にひとしい。 |
あなたは別の次元で生きている。 瞬間、あなたは天空に噴き上げられる。 風の音が消え、完璧な静寂が訪れる。 あなたは虚空に立っている。 そうか、インストラクターがパラシュートを開 いたのだな。 …………。 あなたは大地に立っている。 鳥が啼いている。 草いきれが匂っている。 あなたは、 あなたが墜ちてきた虚空をみあげる。 あなたは、あなたがいるペき場所で、 あなたそのものが、 全霊で、生きていることをかんじる |