……………… おちるヒト "HUMANATURE" 1998 ………………

リ・インカネーション
墜ちて、還って、また墜ちる

ほんとうに墜ちていると、
ほんとうに墜ちているとはかんじない。
じぶんのまわりぜんぶが空っぽで、
重力のベクトルをかんじない。
ほんとうに墜ちたあと、
ほんとうに生きていると、かんじるのだ。

20分間で体験する輪廻転生、
それがスカイダイビングだ。
その気になれば、明日にでも、標高3500mの
虚空から墜ちることができる。
(ただし3万5000エンぱかりかかる)

墜ちることが初めてでも、タンデムダイビング
なら、ハーネスでしっかり国定された背中のイ
ンストラクター氏が一緒だから、少なくとも技
術的な不安はないし、万一のことがあっても、
かれが一緒に死んでくれる。

空へは、数人の、ともに生きとし生けるものた
ちと、ヘリコプターで昇ってゆく。
ヘリコプターにはドアはない。
自分と虚空とは、空気を介して直接つながって
いる。
それは、ジャンボジェットの小さな窓越しに見
下ろす空と大地とは意味が違う。
ジャンボから見るそれは、ガラス板越しに上演
されている映画みたいなものだ。
では、ヘリコプターから見下ろすそれが、現実
感にあふれているかといえばそうではない。
雲の下に淡く広がる、さっきまで自分がそこに
立っていたことが信じがたい大地、そこに至る
までの虚無を、じぶんが墜ちてゆかねばならな
いという「現実」には、圧倒的に現実感がない。
drop-01.jpg
「墜ちなければならない」時点に至るまでの時
間は、小学生だったころ、予防注射を待ってい
た時間に似ている。
あるいは死を待つことに。
脳を操作して、時間感覚を先延ばしすることは
できる。
しかし確実に、そのときはやってくる。
先発隊が墜ちた。
なにか抗えない力がかれらを消し去った。
かれらは一瞬のうちに死んだ。
遺体も残さず。
さっきまで混雑していたヘリのなかが突然、
がらんとする。

風の音がふたたび、鼓膜を博つ。
時は迫っている。
もはや猶予はない。
もはや痛みはない。
あなたは了解する。
ある種甘美な思い切り、たったそれだけのこと
で、あれほど恐れた死を、受け容れることがで
きるのだ、と。
墜ちる!
加速は一瞬で終わる。
!?
あなたは虚空に浮いている。
もはや重力は感じない。
風の轟音が速度の証拠だが、まるで水に潜って
いるように、風は全身に、全方向から押し寄せ
てくる。はげしく墜ちているはずなのに、黄泉
の大地は迫ってこない。
永遠は一瞬にひとしい。
あなたは別の次元で生きている。
瞬間、あなたは天空に噴き上げられる。
風の音が消え、完璧な静寂が訪れる。
あなたは虚空に立っている。
そうか、インストラクターがパラシュートを開
いたのだな。
…………。

あなたは大地に立っている。
鳥が啼いている。
草いきれが匂っている。
あなたは、
あなたが墜ちてきた虚空をみあげる。
あなたは、あなたがいるペき場所で、
あなたそのものが、
全霊で、生きていることをかんじる

drop-02.jpg

drop-03jpg.jpg











写真上右
■落下は浮遊に等しい。重力加速度を感じるのは落下直後の
一瞬。風は速度の証拠だが、全周から全身に押し寄せ、方向
を感じさせない
(C) AFLO Foto Agency


写真上左
■1981年、バハマ。マシュー・モデインは役者志望の無名の
青年で、モデルのアルバイトで食いつないでいた。ロケの合間
に墜ちて遊ぶ
(C) Kiyoshi Tatsukawa


写真左上
■クリフダイビングはスカイダイビングよりずっと危険で、時間
が濃く、アドレナリン分泌量が多い。フランス・シャーモニー
(C)Yasuhiro Kubo AFRO Foto Agency


写真左下
■いのちって、どこからかあらわれ、わらわらと墜ち
消えて、またあらわれ……55人の集団疑似輪廻
(C)Yasuhiro Kubo AFRO Foto Agency