……………… 飯島夏樹レジェンダリー 2007 ………………

ウインドサーフィンは
新たなフェーズに入った。
飯島夏樹によって、
「物語り」が与えられたゆえに


■8月13日より20日まで、東京・表参道ヒルズにて、飯島夏樹展が開催された。
筆者(TOKO)が、構成、原稿を担当したので、こういう言い方は適切ではないかも知れないが、量的成功を果たし、質的にもユニークなイベントとなった。
初日の入場者数は、同施設イベントの平均的なそれの5割増しだった。オープニングに、映画で夏樹を演じた大沢たかお氏が出演したので、女性ファンがおしかけたためと思われたが、翌日、そのさらに1割増のギャラリーを動員、以降高水準で推移した。
展示された写真や映像、遺品を観覧するというよりは、そこに流れる空気感、もっとエモーショナルななにかに「浸り」、微笑み、すこし涙ぐむひとが多かった。データがないが、ひとり当たりの滞在時間を採れば、写真展としては例外的に長かったのではないか。

夏樹展は、8月25日の「Life 天国で君に逢えたら」ロードショー前だったので、もちろんその前パブ要素もあったが、それは意図的に抑えられた。
(夏樹展の)始まりは、ヒルズ担当者の「映画のパブリシティーではなく、人間・飯島夏樹をきちんと伝えたい」という強い気持ちだった。
森ビルの手になる表参道ヒルズといえば、商業施設として、情報発信基地として、"Edge"といっていい。
彼らは、確信的に、「夏樹」を選んだ。

8月24日夜、この小文を書いている。
明日がいよいよロードショーである。
いま、この小文を読んでいるあなたは、すでに映画を観たかも知れない。夏樹の映画は、きっとヒットしていることだろう。
筆者は試写で観たが、嬉しかったのは──生前、夏樹が希ったとおり──ウインドサーフィンが、きちんと、カッコよく描かれていることだった。
同時に、ちいさく心配もした。
釜口プロがウェイブのスタントを務めているのだが、バックループやダブルループは喝采としても、リッピングシーンが、TAKAやゴイターばかりなのである。張り切るのは分かるが、シロートさんの目には、アクロバティックなワイプアウトに見えやしないか、もっと普通の、クリーンなオフザリップのほうが良かったのではないかと危惧したのである。
しかし──、
後日ある人に聞いたのだが、釜口プロは、オフザリップも山ほどやったらしい。
映画製作スタッフの「熱さ」が、TAKAやゴイターを選ばせしめたのだ。
とはいえスタッフのほぼ全員は──ウインドサーファーであり、夏樹と知己もあったプロデューサーの平野隆氏を例外として──ウインドも夏樹も全くといっていいほど知らなかった。
製作の過程で、彼ら自身が言う「夏樹旋風」に巻き込まれ、ワールドカップを語り、ついにはセッティングをこなすまでになった。
映画関連のサイトでは絶賛のコメントが多くを占めた。
「──っていうか、ウインドサーフィン、かっこいい」という、印象的な言葉があった。
この映画をきっかけにして、サーフィンやスケートボードしか頭になかった若いコたちがウインドを意識し、かつてウインドサーファーだったおじさんたちの多くが再開するのは間違いない。

このスポーツにはかつて黄金期があった。
80年代中盤である。
江ノ島東浜の写真を見開きで使ったことがある。そこには異常な数──たぶん数百──の、ウインドサーファー艇が映っていた。
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小さなプロショップの月の売り上げが三千万、弊誌のカタログ号は270ページ、広告収入は億を超えた。
数字的には「マイナー」ではなかったのである。
しかしそれはブームに過ぎなかった。
バブル期を控えた、なにか新しいことが起こりそうな、なにかを始めないと取り残されそうな、時代の気分に後押しされただけの、多分に儚いものだった。
さらに致命的に、ウインドサーフィンには「物語り」がなかった。

サーフィンにはそれがある。"BIG WEDNESDAY"という映画、佐藤伝次郎が撮ったパイプラインの写真に、イエス・キリストが映ったという伝説……。
フェラーリの売り上げはトヨタの百分の一、千分の一であろうが、ブランド力において勝っているのは、フェラーリが「物語り」を有しているからである。

飯島夏樹は、その生涯をかけて、ウインドサーフィンに「物語り」を与えた。
それが直ちに、第二次黄金期的な量的拡大につながるとはいえないだろうが、構わない。本質ではない。

このスポーツは、確実に、新たな局面に入った。