……………… 生活エリートたちの、ウインドサーフィン・エンゲル係数 2002 ………………

life-seven.jpgfoto by TAKI
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HUMAN-007

七条敏明さん(28歳O型)
精神科医師

「福山雅治似、でもしゃべるとちょっとヘンな人」
という噂。福山雅治似はその通り、
でもちっともヘンじゃない。玉にキズ、がない。
こーゆーヒトは困る、書きにくい



■またまたお医者様である。
この連載は始まってまだ7回だが、すでに3名の医師に登場していただくことになる。
他意はなく、偶然だ。
欧米のウインドサーファーには、パイロットや、IT技術者など、知的で高収入な専門職に就いている方が多いと聞く。知的でハードな仕事は、頑健なだけでも、知能が高いだけでも勤まらない。

ウインドサーフィンが仕事を高める。
仕事がウインドサーフィンを濃くする。
とゆーのが、この連載のコンセプトである。
ウインドサーフィンは、レギュラーサーフィンのようにフィジカルで、ヨッティングのように知的であるから、ある種の専門職にとって、とても有益で素敵なホビーであるのだろう、と例によって我田引水的な文脈だが、統計を取ってみたら、日本のウインドサーファーにも欧米のような傾向があるかも知れない。

今回の七条さんは、精神科医師である。
紹介してくれた、荻窪のショップ、アイランドブロスさんによれば、
「黙っていると福山雅治似、でもしゃべるとちょっとヘンな人」
福山雅治似は福山雅治似でいらしたが、
「しゃべるとちょっとヘンな人」ではなかった。
取材するときは、対象がヘンな人、であるほうが嬉しい。趣味は映画鑑賞です、と答えられるのと、猟奇殺人についての本を集めるのが好きなんだよねー、とではどちらが書きやすいか明白だ。
精神科医でエキセントリック、こらオモロイわ、と勇んで取材に向かったが、しかしぜんぜんそんなことはなかった。どこにも、不自然な誇張や、演技的主張とか、ドラマティックなエピソードがなかった。
福山雅弘似のため「絵になる」ので撮影はラクだったが、インタビューし、文にしてまとめるわしとしてはまったく期待はずれだった。
いえ、七条さん、気を悪くなさらないでくださいよ。
あくまでわしの邪心的な意味でそうだったとゆーことですから。
どこにもエキセントリックなところがない、面白みのない人はいない。七条さんのなかにもきっと秘密の小部屋があるはずだ。
たかが小一時間のインタビューで自分を見せる人はあまりおらず、さらにわしは初対面の方にはまず信頼感を与えないタイプです。もとい、タイプである。
つまり、七条さんは、こーゆーシチュエーションで、自分を大きく見せたり面白く見せる必要がない、とゆーことなのだ(ろう。すみません、なんかこーゆーかたちで素人が精神科医師を分析したりしちゃいまして)
もし生まれ変わりがあったとして、もしわしが医師になることを志すならきっと、精神科を選ぶであろう。
その理由はこうである。
■外科手術する必要がないので、失敗して患者を殺してしまうことがなく、歳をくって、手が震えるようになっても続けられる。
■泌尿器科や肛門科よりカッコいい。
■脳が脳を診るという意味で文学的で、仕事が面白そうだ。
——と、わしは素人考えでそう思うのですが、七条さんはどういう理由で精神科をお選びになったのですか、という質問で切り込んだ。

「自分の時間が持てるので」
という答え。
一般に医師は激務で、たとえば外科医など、重病患者を手術すれば、予後、ずっと待機せねばならない。
その点、精神科医は比較的、休日にはちゃんと休むことができ、仕事が終わる時間が見えやすい。
ところが、そう甘くはなかった。
精神科医というとわしは、映画「レナードの朝」みたいに、人格者の医師が、カウンセリングで(言葉で)壊れた患者を治し、最後に抱き合う、みたいなイメージを持っていたのだが、もちろん人格的にタフであることは必要なのだが——それはあらゆる仕事でそうだし——精神病の治療は、とくに文学的ではなく、科学的で、ケミカルなものだった。
面談による診察をし、脳のあらゆる部位の脳波を計る。じっさいに見せて貰ったのだが、脳波のプリントアウトに、脳波スケール(みたいなもの)を当て、幅や高さの異常を診る。
その他検査結果を総合判断し、脳内ホルモンの異常を特定し、それを緩和・解消するクスリを処方する。
それが典型的な治療法だという。
精神科医はラクそうでカッコいいと思っていたが、それも違った。
不謹慎な言い方だが、胃や肝臓が壊れた患者よりも、脳が壊れた患者のほうが難しいはずだ。
七条さんによれば、回復の第一歩は、患者が病気を「自覚」することという。
自分を病気と自覚していない患者を治すことは、それは骨が折れるだろう。
彼が勤める県立精神保健センターは、基本的に県にひとつ設置される。この埼玉県の場合、医師が約20名、ベッドが120床。精神病院としては異例に大きく、トップレベルの治療が受けられるので、民間の病院では手に負えない患者が移送されることも多く、いきおい重い——鬱病、分裂病、その他意識障害、てんかん、アルコール中毒などの——患者が多くなる。
とつぜん頸動脈に噛みつくレクター博士は映画のなかの話しだろうが、患者が暴れ出すことは稀ではない。
患者が暴れ出すことは希れではない。
目の前の人間を殺せ殺せという妄言にとりつかれる症例もあるというし、患者が屈強な男性だったら余計怖いだろう。精神科医は、危険で命がけの仕事なのだ。

七条先生、1972年、千葉の幕張で生まれた。
父親は歯科医師。中高一貫で昭和大学医学部に進む。
「遊び好きでやんちゃな、ふつうの」少年だった。
学級委員に選ばれるタイプではなく、悪さもひととおりやった。大学ではスキー部に所属し、大回転やノルディックなどの大会にも出場した。
大学4年のとき、
「弟の友人がウインドサーフィンをやるというので稲毛まで見に行って」、それが始めたきっかけ。
スキーで自信があったのになかなか乗れず意地になり、稲毛は自宅から10分と近いこともあってハマり、以後、スキーに行く冬以外は、吹けば週末は海、というパターンが続いている。
2年前からは外房の豊海などでウェイブをするようになった。県立病院の社宅(3LDKで家賃3万円!)に置いたグランドチェロキーで幕張の実家に帰り、実家に置いたハイエースで海に向かう。その荷室には260cmのJPのフリースタイル、260cmのビルフットと250cmのクアトロの2枚のウェイブボード。
セイルは4.0㎡から6.6㎡まで5枚。
腕前は「アップ&ダウンとノーマルジャンプくらい」
マウイにも行く。最近は同時テロの直後に行ったというから、やはり「ちょっとヘン」なのかも知れない。
海には基本的に一人で行く。
「女の子を連れてゆくと、トイレとか機嫌とか面倒」
七条先生、きっと懲りたのですね。
仕事ではストレスをあまり感じないという。
「意識はしていないが、週末のウインドサーフィンが役立っているのかも」
インタビュワーとしてはかなり最低の質問なのだが、
仕事、生活に限らず、将来の夢というかビジョンは?
と訊く。
七条先生、とくに無いなあという表情を隠さず、
「まあ、将来は開業して、ウインドはフォワードループできるようになることかなあ」

夢は? という質問は脅迫的なのだ。
男は野心を持って夢を追わなければならないという下らない風潮がある。夢より大切なのは、いま、実際に行っている仕事と生活に決まっている。
だから、自信がない男は「夢は?」と訊かれると、ほんとうは夢が無くても無理に夢を語ろうとする。
——なにか、おもろいエピソードはないですかね、文章がおもしろくなるので、と、わしはまたまたインタビュワー失格の質問を重ねる。
先生、マジメに考え込んでくれ、
「……そうですね、職業柄、合コンなどの場で、あぶない女が分かることですかね」
職業柄、手首の傷や、不自然な態度、言動などを、無意識のうちに観察してしまうらしい。
七条先生、若く、独身で、精神科医で、スポーツマンで、福山雅治似である。モテないわけはない。
あぶない女に狙われることもさぞ多いと思われる。