…………… STYLE WISE CAR わしはビッグホーンに乗っとる 1993 ……………

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わしはビッグホーンに乗り、
そこでカラダを伸ばし、
酒を飲み、本を読み、眠る

■わしはしばしばクルマに泊まる。
ひとりで、スノーボードや渓流釣りに行くとき、ビッグホーンの後部座席をフラットにして、クルマで眠るのだ。
わしは他人の気持ちに鈍感なところがあるため敏感であろうと努めており、しかし自分を理解してもらうことには熱心ではないのだが────。
山で知人に会い、どこに泊まっているのかと聞かれ、クルマ、と答えると、かれらは一様に気の毒そうな表情をつくり、わしはとても複雑な気分になる。
かれらは優しくて、「金がないんだろうな」「変人だと聞いていたが本当だな」などと気の毒に思ってくれるのだろう。
違うのだ、わしはビッグホーンで眠るのが好きなのだ。
ビッグホーンで眠るのは、(締め切りに追われて千代田区猿楽町のマリン企画前に路上駐車した車内で仮眠をとるときはそうでもないけれど)わしのいちばん好きな時間なのだ。
なんでかと言うとやな、わしが世の中でいちばん嫌いなのは平日の朝渋滞した都内をドライブすることで、2番目に嫌いなのは早起きである。
取材にせよ遊びにせよ、当日、その山に出発するとすれば、わしが世の中で1番目と2番目に嫌いなことを行なわねばならない。
だから前日仕事を終えたら多少疲れていてもそのまま中央なり関越なりにのって山に向かい現地で朝を迎える。
そ−ゆ−ことは年に1度か2度しかできないのだが、遊びで旅に出るときは、行き先も日程もやることもぎっとしか決めず、ビッグホーンで放浪することもある。
景色がいいところにクルマを停めて本を読み、温泉をみつけては長湯し、気が向いたらスノーボードや釣りをして、5日ほどぶらぶらぶらぶらして東京に帰る。
みなさん、成田から海外に出発するときはもちろん高揚するでしょ、
でも、成田に帰って来たときもある種高揚しますよね、わしはあれは「次の旅の始まり」を予感してある種高揚すると思うんですがどうですか?
放浪の旅を終えつつ東京に帰るときも、わしはそういう気分になるんです。
ビッグホーンには、洒やコンロやランタンやインスタントコーヒーや寝袋や洗面道具やらは常に積んである。
そのとき折りの取材、遊び、に応じて追加のスノーボードやフライロッドや衣類などを選び積み込むわけだが、欠かせないのは本、である。
わしはとくに読書家というわけではない、が、買ったまま読めず、いつか読むことを楽しみにしている本が常時数冊ある。
読みやすい本は帯と目次と最初の数行を読めばわかるから、仕事の合間に東京で読んでしまう。
ちょっと読んで止めた本、わしの知能では手強わそうだけど敢えて買い置きしていた本、などを選んで、積むわけだ。それはとおっても愉しい時間である。
途中コンビニに寄り、ウ一口ン茶や牛乳やつなぎの週刊文春やらを買う。ともあれどこかの山に着く。
停めるのは、深い谷の淵がいい。
後部座席を後ろに倒してフラットにし、モンベル社のエアマットに患を吹き込み、寝袋を延べ、体を伸ばす。
EPIガスのコンロとコッヘルを取り出し湯をわかす。
腹が減っていたら味の素のレトルト「今晩のおかず・とん汁・臭がゴロゴロ」などを暖めて食い、お湯割りをつくる。
ウイスキーはだいたいニッカのピュアモルトかアーリータイムズである。夏だとクーラーでピールとバーボンとソーダを冷やしておく。
ルームライトのカバーを外して裸電球にすると本を読めるくらいの明るさを確保できる。湯気が窓を曇らせカーテンとなる。
吹雪いていたら最高だ。
ときおり風でクルマが揺れ、酒を飲み、本を読み、酒を飲み、本を読み、いつか眠ってしまう。
わしは(場合によっては)好きに書く

■わしはフリーでスノースタイル一誌等の編集にかかわっている35歳AB型である。
ちなみに、わしはどうやら他人に変人と思われているようである。
思い当たるフシはある。わしはたとえは独り言が多い。よく近くの他人に「え? なにか言いましたか」と訊かれる。
「いえ独り言です、わしは朝起きてから夜眠るまで、自分に話しかけているんです」と答える。
わしは圧しの強い田舎者が嫌いで(田舎者力が嫌いなんじゃなくて、圧しの強い田舎者が嫌いなのです)、圧しの強い田舎者が「三つ児の魂、百までといいますからねえ」などと手垢のついたことをぬかすと(そういうやつの頭のなかは往々にして鼻の大きい男はおちんちんがでかい、などというステレオタイプで一杯なのだが)
「わしはツキナミなシアワセよりは特殊な不幸のほうが好きなんですよ」などといい加減なことをいって相手にしなしい。
わしはどうやら他人に変人と思われているようである。思い当たるフシはある。けれどそれくらいで変人とされるのはなんだか抗議したいような気もする。
そういうわしは、そういうわしの偏見的な記事を(状況が許す場合に限り)これよりスノースタイル誌上でつくってゆきたいと考えている。
by TOKO、というやや大きめのクレジットと、わし、という一人称をつかうとき、そういう傾向がつおい、と思って下さい。
その初回が、このビッグホーンの記事であります。平明にモノゴトを考えるひとなら、わしとの共通認識を持っておるんではないかと、思っています。
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つまり、デザインが曖昧ではないのだ

■もちろん、わしはクルマで野営するのが好きなのではなく、ビッグホーンで野営するのが好きなのだ。
にんげんは往々にして外見や服装で判断されるように、機能は哲学を決定するのだ。
ビッグホーンのまえ、わしは70年型BMW2000の角目セダンに乗っていたが、それで野営したことはない。
足も伸ばせないクルマで寝るなど、朝の埼京線に乗るみたいな苦行だ。わしには、無理して意味のない苦労をする趣味はない。
BMWに乗っていたころはスノーボードも山釣りもやってなかった、という理由もある。
しかしわしはビッグホーンを買ってから、能動的にスノーボードと山釣りを始めたのである。
つまり、機能は哲学を決定する、のだ。
わしのクルマは正確には旧型ビッグホーンのロータスエディション、2800ディーゼルターボのハイルーフである(ハイルーフのピックホーンは旧型のロータスエディションにしかない)。
新型は丸くてわしの美意識にそぐわず、7人乗りのため荷室に折り畳み椅子があり、後席がフラットにならず足を伸ばして眠れない、という致命的な欠点がある。
旧型のハイルーフを選んだのは、車での泊まりが多くなることを見越して、である。
ノーマルルーフよりも、室内高が10cm強高いだけなのだが、この差が大きい。車の室内高など知れているので10cmの違いが強調されるわけだ。
車を、読書と洒を楽しむ寝室としたとき解放感が違うし、わしは身長174cmだが中腰でなら立つことができ、着替えなどもラクにできる。
ハイルーフには標準でボーズのスピーカーがつき、音質もノーマルとは格段の差がある。
雪山だとエンジンを切らずに寝ることもあるのだが(昨年、万座の山頂でエンジンを切って寝たら、朝、寝袋のわきのウ一口ン茶が凍っていた)、エンジン音も気にならない。
客観的に評価するとけっこううるさいのではないか、と思う。でも好きになってしまっているから気にならない。わしはときどき、クルマのように女性を愛せたらな、と思う。
むろん4輪駆動で、スタッドレスを履いているので、林道や雪道でも不安はない。燃料費が安く、頑丈で、どんな山のなかにいても、ガス欠さえしなければ平気、という安心感を与えてくれる。
わしはこの原稿を書きながら、この春のいつか、ビッグホーンで山に行く日のことを夢想している。

わしは、消防車、救急車、霊柩車、
F1カーなどが好きである

ピックホーンを買ったのはむろん、4駆ブーム(ブームとか、とれんど、などいうことばは大嫌いだ)にのって、ではない。わしは少なくとも、経済的にはともかく精神的に貧困ではない。
わしは、消防車、救急車、霊枢車、F1カーなどが好きである。
デザインの目的がはっきりとしていて、好感がもてる。
いわゆる普通の乗用車は半端で好きではない。マツダの新しいRX−7とかはいい。徹底している。
でもニッサンのフィガロとかトヨタのマークツーとかは好きではない。デザインの方針が、みのもんた、である。売れさえすればいい、という印象がある。
たとえば、4駆は座席位置が高いから、乗用車なみに低く、乗用車的なインテリアにしました、などと宣伝し、そ−いう4駆を好むヒトたちがいるが、低い座席がいいのなら乗用車に乗ればいいのだ。
だいいち、高い座席のどこがいけないのだろう。乗り降りしやすいし(乗用車は腰を折って尻をシートに載せて、と面倒だ)前が良く見える。
わしにとって、旧型ビッグホーンのデザインは徹底している。
おもな仕事はウインドサーフィンとスノーボードの雑誌記事の作成で、遊びでもよく海山湖に行くから、前述したように、4輪駆動や、荷物がたくさん積める、車内で寝られる、などの機能は必須である。もちろん、クロスカントリータイプの4駆で、うえの機能を充たせばどのクルマでもいいわけではない。
旧型ビッグホーンは平面構成で、鉄板を切断して溶接したようなカタチをしている。ある幅と全長で、車内をもっとも広くするための、もっとも合理的な面構成である。消防車や救急車みたいに合理的で好感がもてる。そういう意味で合理的といえばワンボックスカーがいちばんではないかと反論される向きもあろう。
でもわしには、どんなワンボックスカーにせよ運転者が運送屋の雇われ人にしか見えないし、正面衝突したときに極めて危険でもある。
クロスカントリータイプの4駆も、さいきんのとれんどで、全車が全車ぬるっとした曲面構成だが、あれはデザインのためのデザインみたいで好きではない。RX−7なら分かる。でも遅いクロスカントリー4駆に、空気抵抗値やらがなにほどの意味があろう。
もちろん、わしのビッグホーンにも不満がある。まず塗装が弱く、林道を走って(枝ではなく)草でなぶられても傷だらけになる。
第2に内装からビビリ音が多数発生する。
第3に、ハイルーフ車はノーマルルーフ車に比べて造形的にぶさいくである。なにやら3段かがみ餅みたいだ。わしはハイルーフ部分にテルツオのキャリアをつけることで、ぶさいくさを緩和した。
荷物ラダーがついているのがミソなのだが、キャリアが跨ぐことで、ハイルーフ部分がデザイン的必然に見える(と思う)。
ラダーにももちろん意味がある。高い位置から撮影するとき足場にし、ふたりでクルマで泊まるとき、荷室に置いた大型クーラーを車外に出さねばならないのだが、ラダーに載せることにより盗難を防げる。
ハイルーフ車の車高は195cmもあるが、ラダーの天端は207cmに押さえてある。都内の屋内駐車場は、210cm制限が多いからである。
ビッグホーンはわしの楯になり、
わしは半泣き

■昨年11月4日夜、都内某所で事故に遭った。
白い、マ−クツーに乗った青年が無謀運転して(現場検証したお巡り氏は、時速100km以上で暴走し、ハンドルをとられたのだろう、と言っていた)高さ20cmほどの中央分離コンクリートを飛び越え、わしのビッグホーンの運転席に真っすぐ飛び込んできたのだ。
シートベルトで肺を圧迫したため、わしには1分以上にも思えたがたぶん15秒ほど窒息して人事不省、大怪我したと思ってパニックに陥った。写真を見てもらえば瞭然だが、ビッグホーンは大破し、ドアがわしのほうにめり込み運転席が浮き右足がドアと運転席とハンドルに挟まってなかなか脱出できず(無理もない、青年は運転席めがけて突っ込んできたのだ)、どこにも外傷や出血がないのが不思議なくらいだった。
運転席のドアはもちろん潰れて開かず、燃えるなよ燃えるなよと祈りながら右脚を引き出し、たぶんブツけられてから3分後くらいにやっと後部ドアから脱出したら往来のクルマのおっさんがぎょっとした目でわしを見た。
ビッグホーンが“く”の字に曲がっていて思わず涙がちょちょぎれた。その朝、わしは半年ぶりに3時間かけてワックス掛けしたのだ。
マークツーは中央分離帯に引っ掛かっていてノーズがひしやげて半分以下になっており、青年はシートベルトをしていなかったのだろう、フロントクラスに頭のかたちの凹みをつくり、血をそこらに弾き飛ばして動かなかった。
「こりや死んどるわ」と思ったがわしはひどく立腹しておったのでいちおう「なんちゆう運転なさってるんですか」とすでに死体であるかも知れなかったが抗議しておいた。
ややあって青年が「うう」と意識を取り戻したので賠償能力があるか心配になり、「おまえ、仕事はなんや」と訊いたら、血だるまの顔で「西麻布でDJやってま−す」と答えた。そいつは30前後、童顔短躯小太りでひどく頭が悪そうだった。
DJ? こりやあかんと思い、お前の親はなにしとんや、と訊いたら「いちおう隠居でーす」と答えた。
いちおう隠居ってどういうことなのだろう、これは泣き寝入りになるかも知れないと暗澹たる気持ちになった。
でもこれだけの事故で、たいした怪我をしなかった(軽いムチウチだけで済んだ)だけでもラッキーなのだ。もしわしがオカル(軽自動車を指す神戸弁)に乗つていたら即死、普通のセダンに乗っていても超大怪我は免れなかっただろう。
ビッグホーンは要するにトラックである。座席位置が高く、衝突してきたマークツーのボンネットはわしのひざより下に位置し、モノコックではなく、頑丈な八シゴ型シャーシにボディが架装されているので、右脚が挟まって抜けない程度にしか潰れなかったのだ。
幸い青年はまともな自動車保険に加入しており、保険会社はまあ納得できる賠償金を提示し、わしは迷わず全く同じビッグホーンを買った。
stylewisecar-3.jpgfoto by TAKI/ design by YUZZY
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わしらみなビッグホーンを愛す

■同じクルマに乗っとるいえ、とくに仲がいいわけやないが、弊誌のスタッフにはなぜかビッグホーンに乗っるもんが多い。わし、カメラの滝口保、編集の佐藤、営業の小川、それにオフィシャルのビッグホーンを入れたら
5台にもなる。弊誌とハイウインド誌ほだいだい同じ顔触れの少数精鋭スタッフ(なかには使えんやつもおらんではないが)で作っとって、これは確率から言うたらかなり稀なことなんやねえ。
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後日譚:やつからの餞別


■そのビッグホーンには、9年間、16万キロ乗った。
わしはやつを大切にし、少なくとも百夜はやつのなか
で眠り、洗車し、乗る用事がないときも、ただ眺めて
いるだけでしあわせな気持ちになった。

15万キロを越えた頃からトラブルが頻発した。
パワーステアリングがとつぜん効かなくなり、エアコン
をつけるとエンジンが噴けなくなり、排ガスが濃い乳白
になり……。
仕事で使うので、買い換えることにした。
正直に言うと、堪能し、違うクルマに乗りたい気持ちも
あった。
下取り査定値はもちろんつかなかった。
廃車費用をディラーでもつというだけだった。

新しいクルマの納車を2日後に控えた早朝、とつぜん
の轟音に起こされたが、ひどく眠く、すぐに寝てしまった。
ふたたびチャイムに起こされる。
玄関を開けると制服の警官、
「事故に遭いました」
?
わし、寝とったんですけど。
駐車場に降りて目が覚めた。
やつが、土俵から突き出された力士のように、駐車場
から突き出され、150cm落下して尻を痛打し、腹を
見せて喘いでいたのだ。
………!
個体は違うが、やつに、命を救ってもらった事故時の
姿がフラッシュバックした。
正面のクルマが、アクセルとブレーキを踏み間違え、
あせるままに突き出したのだった。
とうぜん、相手の保険で賠償された。

査定額ゼロだったやつは、40万円の「餞別」をわしに
遺してくれたのだった。
その身を挺して。

いままでありがとう、というように……。
DSC00140.JPG■アクセルとブレーキを踏み間違えた駐車場の対向車に突き出されたのだった DSC00145.JPG■事故と最後の一部始終を、わしは記録した。肉親を送るように