海が好き、というひとは、 ほんとはそれほど好きではない。 海が見える露天風呂から水平線をながめたり、 オーシャンフロントのレストランが好きなのだ。 海は、しょっぱい。 冬は風でこごえるし、夏は砂がべたつく。 抱かれてしまえば、樹氷は、やさしい。 というのは、70年代の、CM コピーだけれど、 抱かれてしまえば、海は、やさしい。 |
ちょっと思い切って、はいってしまうと、 水は、意外にあたたかい。 波をまって、ボードにまたがっていると、 うねりに揺られ、睡くなる。 じぶんのからだの力だけで、 パドリングやセイリングによって、 海を活動圏にくわえることは、 われながらちょっと信じられない体験だ。 |
はるか沖から眺める、じぶんが育ったまち。 斜光が海面に反射して、視界ぜんぶが黄金に なるサンセット……。 やがて、海にゆくことが、イベントではなく、 生活習慣になる。とうぜん生活観がかわり、 中性脂肪値がかわり、こころがかわる。 海は空気のようになる。 海が好き、とは、かれらはいわない。 空気が好き、というひとは あまりいない。 |
海のあまさを、世界一享受しているのは、 マウイの、Surfer、ではなく、Water Man であろう。 Water Man、という呼称には敬意がふくまれている。 かれらは複数の手段で──レギュラーサーフィン、 ウインドサーフィン、カイト、スタンダップなど── 刻々と変わる海象とシンクロし、海から エネルギーをもらって、あそぶ。 マウイ、ノースショア。 貿易風の回廊で、冬は大きなうねりが入る。 カナハ、スプレックス、ホキーパ、そしてJAWS など リーフ(ポイント)に恵まれ、サーフィンのみならず、 ウインド、カイトの世界的メッカだ。 Robby Naish はノースのオーシャンフロントに、8エーカーの 土地と、「庭いじり」に必要な小型ブルドーザーを買ったが、 マウイの Water Man たちは、ハレアカラ北麓の、 "UP COUNTRY"に居を構えることを好む。 ノースショアは、最高の、アクションの、アドレナリンの場だが、 じつは暮らすには最適といえない。蒸すこともあるし、貿易風で 巻き上げられたマウイ特有の赤土が、汗の肌にべたついたりする。 プカラニ、マカワオ、クラ──海抜は4、500m ほどであろうか── "UP COUNTRY"は、森や牧場にかこまれ、清浄で、夜は薄手の セーターが必要で、眠りやすく、何より海が見える。 アップカントリーのウォーターマンたちはたいてい高性能な双眼鏡を 持っていて、ノースの海に向け、風とうねりの有無、方向、強さ、潮を 観察し、その日、どのポイントでなにをするのがベストかを「読む」 |
いまはネットや携帯があるので、現場の友人からライブな情報を 得られるが、じぶんの眼で確認することが基本だ。 夕方、海から上がったローカルたちは、ビーチパークのシャワーで 潮を流し、赤く錆びたピックアップやヴァンにボードを放り込む。 ホキーパからなら、バルドウィンアベニュー、ウルマル、カウヒコア、 ココモの3ロードが、アップカントリーへのアクセスだ。 いずれも山麓をくねくねと登る細い道、途中、ハレアカラから 降りてきた雲で視界が奪われることもしばしばだ。 ノースショアとは空気がちがう。 ハイクは渓谷、アップカントリーは森と牧場で、涼しく、湿潤であり、 ユーカリの葉が露で濡れ、野生の鹿やイノシシ、クジャクなどがいる。 下界であそび、雲のうえの天界に帰るのだ。 シャワールームでソープを使い、濡れ髪、裸足で芝の庭に出て、 パパイアをもぎ、ウッドベンチに座り皮をむく。 心地よい疲れに、エンドルフィンに、身をゆだねる。 絶えつつある貿易風が髪をなで、プウククイに落ちる夕陽が、 ノースの海も庭の芝も橙に染めてゆく。 襟つきのシャツに着替え、マカワオのポーリーズや、 パイアのジャックスに、ディナーに出かける。 仲間もいて、今日の波について語り、 ほらを吹き、笑う。 気づくと9時を過ぎていて、 さっきから眠くてしかたなく、 あとはベッドに身を投げ、 波の夢を見るだけ。 いつもの、完璧な、いちにち。 |
海水浴や海釣りもいいけれど、一生もの「体験」を望むなら、 やはりアクティブなウォータースポーツを始めた方が、チャンスは多い。 となると、ロングボードサーフィン、というのが一般的と思われ、 40代50代で始める人も少なくない。が、実は難しい面もある。 サーフィンは、限られたエリアで割れる、限られた波をシェアしなければ ならないので、マナーや、ローカリズムが厳しい。 がらがらのポイントならその種の困難は少なくなるが、ビギナーには危険。 海上人口密度が高い湘南などでは、息子のような年齢のサーファーに怒鳴られる。 マナーを守るにも、かなりの技術が必要で、どうしようもなく、高価なボード、 ウエットが無駄になり、わくわくした気持ちも壊される。 サーフィンだけがアクティブウォータースポーツではない。 たとえばスタンダップパドルボード(以下 SUP) と、ウインドサーフィン。 まず SUP。かんたん。数あるマリンスポーツのなかで、もっとも敷居が低い、と 断言してしまおう。波にも乗れるが、基本は無風、平水面をクルージングするもの。 そのためボードに浮力があり、安定し、習得が簡単。 サーフィンやウインドは、いちおう乗れるレベルに達するだけでも、かなりの時間と 努力が必要だが、SUP は、凪いでいれば、人によっては一日で乗れるようになる。 だからといってSUP「体験」の価値が低いわけではない。 SUP は、海で散歩するための道具だ。 海面に「立って」歩く。 海面に立ち、ひろびろとした視界を得、深呼吸するように上下する海面に身を 任せることは、刹那的にしか立てないサーファーにとってさえ新鮮だ。 |
いわんや、生まれて初めて海に出た人にとっては……。 パドルという推進力があるという意味では、バイクに似ている。100km歩く のは大変だが、バイクで100km走るのはそうでもなく、歩くより快感があり、 道具を操る楽しさもくわわる。 ヒトの移動効率は、鳥や馬など動物界では最低に近いが、バイクを使うと動物界 トップになるといったのはたしか、スティーブ・ジョブスではなかったか(?) ウインドサーフィン(以下 WSF)はこの意味でバイクどころではない。 90.91km/h という速度記録を持っている。 フランスのプロウインドサーファー、アントワン・アルボウが、08年3月に記録した。 ちなみにイージス艦の最高速は60km/h弱、競艇のボートでさえ80km/hといわれて いる。その速度を得るために、どれほどのエンジンと石油が必要か。 WSF はヨットと違い、セイルパワー(風のパワー)を、つねにカラダでボードに 伝えることで走る。 WSFは、人類が発明した最高効率のヒューマンパワー増幅装置といえる。 WSF で帆走し、あるスピードに達すると、プレーニングという現象が起こる。 ボードと海面間に薄い空気層ができ、加速し、ボードもセイルも空気中に 浮いたように──ほんとに浮くのだが──軽くなる。 それは滑走ではなく、文字通り、海抜1ミリの「飛行」だ。 ウインドサーファーは風力発電の効率に疑問を感じる。 あれほどのエネルギーで、我が身と道具を浮かせ、 飛行させる風のパワーを知っているから。 道具がやや高価、複雑で、気やすく始められるスポーツでは ないが、プレーニングを体験せずに死ぬのは惜しい。 |
うまれてはじめて、スノーボードしたサーファーがいった。 「これって要するに、でっけえ波みたいなもんだね」 ノーズを谷に向けるだけでテイクオフできて、 波に乗るみたいにスピードもらって、降りてけんじゃん。 ピークからボトムまで、1000フィートもあるでっけえ波だよ。 ……でも、とサーファーは失望した。 「動かねえな」 海は、動く。 潮汐や海流や、うねりや波のことでしょ? そのとおり。でもあなたは、動く海とシンクロし、 あるいは揉まれ、それを体感したことがあるだろうか。 カレントの、ときに暴力的な水流。ビッグウェイブのフェイスや、 高速セイリング時の、水面の、コンクリートのような硬さ。 波が割れたあとの、スープの、こころもとなさ。 凪の、ちいさなうねりの、子守歌のようなやさしさ……。 海は、動き続ける。 「循環」しているという意味で、海は、地球は生きている。 |
潮汐は月により、海流は貿易風、偏西風など恒常風や、 水温、塩分濃度差で起こる。 冬、日本が西高東低の気圧配置になると、ハワイ、 ノースショアのサーファーたちはそわそわする。 ある条件がそろうと、アリューシャン沖で 巨大低気圧に成長し、そのうねりが北太平洋を南下、 ノースのリーフで、ときに海抜20メートル近い ビッグウエイブとして割れ、エネルギーを開放する。 海は、エネルギーを伝える。 今年2月のチリ大地震による津波、発生後約24時間で 日本列島に届いた。チリと日本は17000km離れているので、 その速度は毎時700km。ジェット旅客機の巡航速度が 1000km/h 弱だから、ちょっと信じられない。 ゴルフやサッカーやテニスと違って、 ウォータースポーツは戦わない。 「ビッグウェイブを征服した」などとはいわない。 海に逆らわず、シンクロすることによってのみ 達成しうるからである。 動く、海と、動く。 パートナーは、地球の、エネルギー。 それは、人類に与えられた、最高の遊びである。 |