…………… Sweet Water ──うみは しょっぱく あまい── 2010 ……………


海が好き、というひとは、
ほんとはそれほど好きではない。
海が見える露天風呂から水平線をながめたり、
オーシャンフロントのレストランが好きなのだ。
海は、しょっぱい。
冬は風でこごえるし、夏は砂がべたつく。

抱かれてしまえば、樹氷は、やさしい。
というのは、70年代の、CM コピーだけれど、
抱かれてしまえば、海は、やさしい。

ちょっと思い切って、はいってしまうと、
水は、意外にあたたかい。
波をまって、ボードにまたがっていると、
うねりに揺られ、睡くなる。

じぶんのからだの力だけで、
パドリングやセイリングによって、
海を活動圏にくわえることは、
われながらちょっと信じられない体験だ。

はるか沖から眺める、じぶんが育ったまち。
斜光が海面に反射して、視界ぜんぶが黄金に
なるサンセット……。

やがて、海にゆくことが、イベントではなく、
生活習慣になる。とうぜん生活観がかわり、
中性脂肪値がかわり、こころがかわる。
海は空気のようになる。
海が好き、とは、かれらはいわない。
空気が好き、というひとは 
あまりいない。

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海のあまさを、世界一享受しているのは、
マウイの、Surfer、ではなく、Water Man であろう。

Water Man、という呼称には敬意がふくまれている。
かれらは複数の手段で──レギュラーサーフィン、
ウインドサーフィン、カイト、スタンダップなど──
刻々と変わる海象とシンクロし、海から
エネルギーをもらって、あそぶ。

マウイ、ノースショア。
貿易風の回廊で、冬は大きなうねりが入る。
カナハ、スプレックス、ホキーパ、そしてJAWS など
リーフ(ポイント)に恵まれ、サーフィンのみならず、
ウインド、カイトの世界的メッカだ。

Robby Naish はノースのオーシャンフロントに、8エーカーの
土地と、「庭いじり」に必要な小型ブルドーザーを買ったが、
マウイの Water Man たちは、ハレアカラ北麓の、
"UP COUNTRY"に居を構えることを好む。

ノースショアは、最高の、アクションの、アドレナリンの場だが、
じつは暮らすには最適といえない。蒸すこともあるし、貿易風で
巻き上げられたマウイ特有の赤土が、汗の肌にべたついたりする。

プカラニ、マカワオ、クラ──海抜は4、500m ほどであろうか──
"UP COUNTRY"は、森や牧場にかこまれ、清浄で、夜は薄手の
セーターが必要で、眠りやすく、何より海が見える。

アップカントリーのウォーターマンたちはたいてい高性能な双眼鏡を
持っていて、ノースの海に向け、風とうねりの有無、方向、強さ、潮を
観察し、その日、どのポイントでなにをするのがベストかを「読む」

いまはネットや携帯があるので、現場の友人からライブな情報を
得られるが、じぶんの眼で確認することが基本だ。

夕方、海から上がったローカルたちは、ビーチパークのシャワーで
潮を流し、赤く錆びたピックアップやヴァンにボードを放り込む。
ホキーパからなら、バルドウィンアベニュー、ウルマル、カウヒコア、
ココモの3ロードが、アップカントリーへのアクセスだ。
いずれも山麓をくねくねと登る細い道、途中、ハレアカラから
降りてきた雲で視界が奪われることもしばしばだ。

ノースショアとは空気がちがう。
ハイクは渓谷、アップカントリーは森と牧場で、涼しく、湿潤であり、
ユーカリの葉が露で濡れ、野生の鹿やイノシシ、クジャクなどがいる。
下界であそび、雲のうえの天界に帰るのだ。

シャワールームでソープを使い、濡れ髪、裸足で芝の庭に出て、
パパイアをもぎ、ウッドベンチに座り皮をむく。
心地よい疲れに、エンドルフィンに、身をゆだねる。
絶えつつある貿易風が髪をなで、プウククイに落ちる夕陽が、
ノースの海も庭の芝も橙に染めてゆく。

襟つきのシャツに着替え、マカワオのポーリーズや、
パイアのジャックスに、ディナーに出かける。
仲間もいて、今日の波について語り、
ほらを吹き、笑う。
気づくと9時を過ぎていて、
さっきから眠くてしかたなく、
あとはベッドに身を投げ、
波の夢を見るだけ。
いつもの、完璧な、いちにち。
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海水浴や海釣りもいいけれど、一生もの「体験」を望むなら、
やはりアクティブなウォータースポーツを始めた方が、チャンスは多い。
となると、ロングボードサーフィン、というのが一般的と思われ、
40代50代で始める人も少なくない。が、実は難しい面もある。
サーフィンは、限られたエリアで割れる、限られた波をシェアしなければ
ならないので、マナーや、ローカリズムが厳しい。
がらがらのポイントならその種の困難は少なくなるが、ビギナーには危険。
海上人口密度が高い湘南などでは、息子のような年齢のサーファーに怒鳴られる。
マナーを守るにも、かなりの技術が必要で、どうしようもなく、高価なボード、
ウエットが無駄になり、わくわくした気持ちも壊される。

サーフィンだけがアクティブウォータースポーツではない。
たとえばスタンダップパドルボード(以下 SUP) と、ウインドサーフィン。

まず SUP。かんたん。数あるマリンスポーツのなかで、もっとも敷居が低い、と
断言してしまおう。波にも乗れるが、基本は無風、平水面をクルージングするもの。
そのためボードに浮力があり、安定し、習得が簡単。
サーフィンやウインドは、いちおう乗れるレベルに達するだけでも、かなりの時間と
努力が必要だが、SUP は、凪いでいれば、人によっては一日で乗れるようになる。
だからといってSUP「体験」の価値が低いわけではない。

SUP は、海で散歩するための道具だ。
海面に「立って」歩く。
海面に立ち、ひろびろとした視界を得、深呼吸するように上下する海面に身を
任せることは、刹那的にしか立てないサーファーにとってさえ新鮮だ。

いわんや、生まれて初めて海に出た人にとっては……。
パドルという推進力があるという意味では、バイクに似ている。100km歩く
のは大変だが、バイクで100km走るのはそうでもなく、歩くより快感があり、
道具を操る楽しさもくわわる。

ヒトの移動効率は、鳥や馬など動物界では最低に近いが、バイクを使うと動物界
トップになるといったのはたしか、スティーブ・ジョブスではなかったか(?)
ウインドサーフィン(以下 WSF)はこの意味でバイクどころではない。
90.91km/h という速度記録を持っている。
フランスのプロウインドサーファー、アントワン・アルボウが、08年3月に記録した。
ちなみにイージス艦の最高速は60km/h弱、競艇のボートでさえ80km/hといわれて
いる。その速度を得るために、どれほどのエンジンと石油が必要か。
WSF はヨットと違い、セイルパワー(風のパワー)を、つねにカラダでボードに
伝えることで走る。
WSFは、人類が発明した最高効率のヒューマンパワー増幅装置といえる。

WSF で帆走し、あるスピードに達すると、プレーニングという現象が起こる。
ボードと海面間に薄い空気層ができ、加速し、ボードもセイルも空気中に
浮いたように──ほんとに浮くのだが──軽くなる。
それは滑走ではなく、文字通り、海抜1ミリの「飛行」だ。
ウインドサーファーは風力発電の効率に疑問を感じる。
あれほどのエネルギーで、我が身と道具を浮かせ、
飛行させる風のパワーを知っているから。
道具がやや高価、複雑で、気やすく始められるスポーツでは
ないが、プレーニングを体験せずに死ぬのは惜しい

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うまれてはじめて、スノーボードしたサーファーがいった。
「これって要するに、でっけえ波みたいなもんだね」

ノーズを谷に向けるだけでテイクオフできて、
波に乗るみたいにスピードもらって、降りてけんじゃん。
ピークからボトムまで、1000フィートもあるでっけえ波だよ。

……でも、とサーファーは失望した。
「動かねえな」

海は、動く。
潮汐や海流や、うねりや波のことでしょ?
そのとおり。でもあなたは、動く海とシンクロし、
あるいは揉まれ、それを体感したことがあるだろうか。

カレントの、ときに暴力的な水流。ビッグウェイブのフェイスや、
高速セイリング時の、水面の、コンクリートのような硬さ。
波が割れたあとの、スープの、こころもとなさ。
凪の、ちいさなうねりの、子守歌のようなやさしさ……。

海は、動き続ける。
「循環」しているという意味で、海は、地球は生きている。

潮汐は月により、海流は貿易風、偏西風など恒常風や、
水温、塩分濃度差で起こる。

冬、日本が西高東低の気圧配置になると、ハワイ、
ノースショアのサーファーたちはそわそわする。
ある条件がそろうと、アリューシャン沖で
巨大低気圧に成長し、そのうねりが北太平洋を南下、
ノースのリーフで、ときに海抜20メートル近い
ビッグウエイブとして割れ、エネルギーを開放する。

海は、エネルギーを伝える。
今年2月のチリ大地震による津波、発生後約24時間で
日本列島に届いた。チリと日本は17000km離れているので、
その速度は毎時700km。ジェット旅客機の巡航速度が
1000km/h 弱だから、ちょっと信じられない。

ゴルフやサッカーやテニスと違って、
ウォータースポーツは戦わない。
「ビッグウェイブを征服した」などとはいわない。
海に逆らわず、シンクロすることによってのみ
達成しうるからである。

動く、海と、動く。
パートナーは、地球の、エネルギー。
それは、人類に与えられた、最高の遊びである。