………………「海隣接・63坪」2000万円 設計セッション ………………

2000万円 設計セッション
3人の超一級建築家に、
「海隣接・63坪」を料理してもらった。

……………!
「なるほど、海とベタに接するだけ
ではヤボなのかっ」
「実用的自宅なのにこれはまるで別荘だっ」
「思わずローン組んじまいそうな説得力!」
(敷地)                 
東南面に、海、隣接。
209.78平米、4350万円

所在地■横須賀市佐島3丁目1501番50外・5号。
建築条件等■第2種中高層住居専用地域。建ぺい率60%/容積率200%
準防火地域。JR横須賀線、京浜急行とも駅は遠いが、横浜横須賀道路衣笠ICが近く車の便は良い。

B0092.jpgfoto by TAKI
※この土地は06年4月現在、実際に分譲中。問い合わせ=佐久間不動産 TEL: 0468-71-3122
(仮想施主)              
超理系だが、ガンコな合理
主義者ではないA氏・42歳

Acr581809.jpgillust by A2職業■64年神戸生まれ。T工大大学院情報理工学研究科を終え、大手通信キャリアに就職。現在はYRP野比にある同社の研究所で次世代携帯のネットワーク制御に取り組む。
家族■大学時代ヨットで知り合った2つ年下の奥様と28歳のとき出来ちゃった婚(奥様の謀略らしい)。14歳、中二になる長男は独立心旺盛で、米国に高校留学したがっている。
趣味■休日、愛艇のカタマランで息子と海に出るのが何よりの楽しみ。
建築家への要求
◆実用的な家でなければ困るが、どこか意外で、非日常性があること。◆ランニングコストが低いこと(メンテ、光熱費)。◆長男が高校留学し、すぐに夫婦二人になる可能性もある。ライフスタイルの変化に柔軟に対応できる「一生ものの生活の器」であること。

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Design 01          

スケルトンハウス。風が抜け、
回遊性がある、中空・多層フロア。

岩切剣一郎 (ネイチャーデコール)
TEL: 045-904-5417
http://www.nature-decor.com

■33歳の気鋭。「施工の現場」からこの世界に入り、独学で一級建築士に。タイル一枚から構造までとことん作り込める住宅デザインこそ天職。若年ながらすでに150棟以上を手がける。
本デザインは、「ガーデン&ファニチャーズ」長谷川氏( http://www.garden-and-furnitures.com)とのコラボレーション。



スケルトンハウスとは
■強度、耐震性充分な、大断面門型の箱をそっくり外構とし、その中に3層の床を設ける。海側は全開放され、山側に向かって光と風が流通する。左右は頑丈な壁でガードされ、プライヴァシーを確保する。


■僕はだいたい「内側」から考えてゆくんですね。そのご家族がこの家で、どんなふうに暮らすのだろう(暮らしたいのだろう)と考え、素材を含めてインテリアをイメージする。
次に、その内と「外」をどうつなぐかを考えます。両者を分かつのではなく、空気や光が流通し、開放感があり、内と外の相乗効果によって快適さのレベルを高めるような。
この敷地は、南東面が海に隣接し、北側にも自然植生の丘が迫っています。潮汐や、海風、まずめ……水や空気が高みから低いところに流れるのは、無生物と生物をつなぐなりわいというか、ガイアというか、そういうことが濃い立地で──あれ、何が言いたいのか分からなくなっちゃった──とにかく僕としては腕が鳴るんです(笑)。
一方で、予算2000万という制限がある。この企画をお聞きしたとき、それって税込み、税別?と確認したくらいです。
あれこれと考えて、至った結論は「スケルトンハウス」です。
海に向かって開いていることと、山へと抜ける開放感は絶対妥協したくなかった。その上でコストを抑えるには、一法として、外構をシンプルにして、壁量や筋交いや間仕切りとかを合理的に減らすことです。
木造門型フレーム(http://www.mongata.com/)という建材があります。
文字どおり木造の門型フレームで、大スパン可能で、工場生産されるため、強度、精度、耐震性に優れます。このフレームに壁と天井を張り、要するにコの字断面の箱を造り、これを住宅の外構にするのです。強度は箱で確保され、箱の中に三層、BF、1F(正確には1.5F)、2F(同2.5F)の床を造る、という考え方です。海と山方向には開き、左右は頑丈な壁でガードされプライバシーを確保します。門型フレームは安くはありませんが、このように使用することにより全体のコストが抑えられます。
外観がシンプルになりすぎる──ただのでかい箱ですから──きらいはありますが、このお施主さんの場合かえって面白がってくれるのではと判断しました。
このプランで35坪弱ですから、2000万で割ると……57万……設計監理込み……なんとか可能です、内装を考えれば……、やりますやります、じっさいやれと言われれば(笑)。
立体構成はやや複雑なので、模型とスケッチを参照していただくとして、ここでは各部を説明してゆきます。
半階高ぶんの階段を上って玄関ホールに入ると明るく、大開口部から眺望が広がります。この位置からは空が視界の多くを占め、海は水平線しか見えないはずです。1FのLDKにはさらに半階高ぶんの階段を上るのですが、1段1段上るたび、視界に海が広がってゆきます。パノラミックでドラマティック、来訪者に驚きを与え、居住者にとっても──海は刻々表情を変えるから──日々新鮮なはずです。
右のリビングはふたつの「ゾーン」が連続します。インドアゾーンとオープンエアゾーンです。両者は全解放する折れ戸でつながります。オープンエアゾーンはいわゆるデッキではなく、単なる「外」ではありません。海に向かっては解放され、しかし「箱」の壁と天井で守られているからです。プライヴェートで居心地良く、雨や風の日でも使えます。
リビングの壁には内外連続するカウンターを設けることにより、パース効果による連続感、広さ感を実現します。内側カウンターには薄型テレビなどのAV機器、外には暖炉を設けるのはどうでしょう。
ヨットを舫う浮き桟橋に続くBFは、シャーワーつきのデッキから連続するバスルームと、ウインドサーフィンの板やセイルのリペアも可能な広いワークスペースです。浮き桟橋、バスルーム、ワークスペース、オープンエアリビングは階段で結ばれ回遊性があります。
海から上がってデッキのシャワーで潮を落とし、ワークスペースにウェットを仕舞い、風呂で暖まってリビングへ、といった使い勝手です。BFの山側はストレージとし、大収納が可能です。
1Fのファミリールーム(PCコーナー他多用途スペース)から螺旋階段でアクセスする2Fは主寝室と子供部屋。主寝室には専用オープンエアデッキと小さな書斎スペースを設け、研究者であるお父さんが自宅に持ち帰った仕事をこなすことができます。子供部屋ももちろん、吹き抜けの向こうに海が広がります。息子さんが高校留学した場合、子供部屋の間仕切りを撤去すると2Fは広大なプライヴェートルームになります。
この家はどの部分も海に向かって開いています。

パノラマリビング
■玄関ホールに立つと視界いっぱいに水平線と空が広がり、LDKフロアに続く階段を上るにつれ海が大きくなる。海は刻々と変わり、映画的な日常がもたらされる。

室内の一部としてのオープンエアデッキ
■海に向かって開放されたデッキをいくつも有するが「スケルトン」ゆえ壁と天井でガードされる(81page模型写真参照)。プライヴァシー万全、多少の雨風なら平気。

BFは遊びのスペース
■桟橋、シャワーつきデッキ、リペアも出来る艇庫。これら3者と1Fのオープンエアリビングは回廊で結ばれ、使い勝手が良い。

オープンエアダイニングはいかが?
(OPTION)
■2000万の予算では無理だが、山側前庭に、1Fファミリールームと連続する空中デッキを設けるとこの家はより楽しくなる。BBQグリルと水回りは必須。
Design 02             

短・中長期的ランニングコスト
低減まで考え抜いた"デザイン"

安藤茂夫 (建築人)
TEL: 046-835-9953
http://建築人.jp.io

■55歳の手練れ。大手ハウスメーカーで長く活躍したのち独立。愛娘がアレルギーで苦しんだこともあり、従来の住宅に疑問を感じての決断だった。以来、無垢の木材や珪藻土など自然素材にこだわった、ヒトに(ある意味財布にも)優しい家造りを実践。断熱など住宅の工学的性能追求の鬼でもある。

開放性と断熱性と
■室内にいても季節の移ろいを感じ取れる家を造りたい。秋の爽やかな日なら簡単だ。窓を開け放てばいい。しかし、梅雨、酷暑、台風、雪、しかも海。上記の目標を達成するには、断熱構造、窓一枚の配置、あらゆる要素がからむパズルを解かねばならない。

カントリーテイスト
■これは編者の個人的印象だが、海側山側二つのと階段、コの字型の2F デッキと片流れ屋根のざっくりとした面構成が、どこかアメリカのカントリーハウス的である。
■ 他のお二方はきっと素晴らしい、コンセプトを語られているでしょうから、私はここでは、現実的な面からお話しをしましょう。
「ランニングコストが低いこと」、とこの仮想施主は希望されています。重要な問題です。ランニングコストには、短期(光熱費)、中期(空調機器、メンテ等)、長期(リフォーム、建て替え等)があります。
2000万の予算で、完結し、発展の余地がない家を建ててしまうと、長期的コストが嵩みます。将来リフォームや建て替えで莫大なコストがかかってしまうからです。ですから今回は生活に必要な、大きな器を用意する。たとえば3Fのロフトやルーフバルコニーは、躯体は完成させますが、床や壁の仕上げは将来に。さらに、住宅とは関係ないですが、この立地では車は2年で下回りが錆びてフロアに穴が空きます。これも生活コスト、現実的にはビルトインガレージが必要です。
海際は住宅にとって過酷な環境で、タフな断熱性能が要求されます。そこが貧弱だと快適な生活が送れず、コストが嵩みます。この家には外断熱通気工法、さらに断熱材は従来の発泡材ではなくセラミック系の遮熱塗料を使用するのが良いと考えます。断熱性はもちろん、除湿、抗菌性、耐シロアリ性に優れます。
冬季は、玄関ホール階段下スペースに暖房機器をセットすることで──外断熱により全ての建具を開放できることも相まって──1F全体が均一に暖まります。1Fが暖まると2Fの床暖房になり、階段下の暖房器具ひとつで家中寒くはないはずです。冷え込む夜でも、小さなハロゲンヒーターを併用すれば間に合うでしょう。自然とうまく付き合い、ローコストで快適に暮らすための器ですね。
中2階玄関、1Fをプライヴェート、2Fをパブリックと振り分けたプランは暮らし方の提案ですが、空調効率も有利になるよう配慮しています。
内装はヨットをイメージさせる無塗装のチーク材を使用、建具は無垢のチェリー、
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灯りはゴーリキの真鍮、陶器はすっぴん、サッシは木製、横軸回転で……。
いい感じになると思いますよ。プランについて語る前に紙数が尽きてしまいました。模型と図面で、この家での暮らしを想像してみて下さい。

2Fをパブリックスペースに
■中二階玄関とし、2FにLDKなどパブリックスペース、1Fを寝室のプライヴェートスペースとした。空調効率にも優れる空間構成(本文参照)。

長期的コストをも見越して
■上から2F、1F、3F。赤線表示が将来計画(3Fロフトとバルコニーは躯体のみ)。オレンジは収納でブルーは水回り。

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Design 03          

海との触れあいが(ダイレクトに、
ある種のヴェール越しに)幾重もある家。

滝本学 (滝デザイン研究所)
TEL: 045-663-0061
http://www.t-dlg.jp

■43歳のバリバリ。米国で建築を学び、モットーは「住宅は生活の(甘美さの)増幅装置であるべき」──そうでなければリスクを負って家を建てる価値はなかろう。
個人住宅のみならず、集合住宅、洋館、リゾートのコンセプトメイクからファニチャーのR&Dまで、広汎、かつ国際的に活躍している。



イメージと機能は「船舶」
■海側のデッキは、場合によってはスプレイも浴びる前甲板。そこから23段昇ったアッパーデッキは、室内DKと連続する「リビングデッキ」。2Fは艦橋のように、バルコニーとデッキがぐるりと取り囲む。

海へと開かれたバスルーム
■この敷地の場合、船くらいしか他者の視線がない海側がプライヴェートスペースとなるため、海側にバスルームと主寝室を配する。両者とも折れ戸で全解放。バスタブは4輪つきでデッキに引き出せ、デッキのシャワーからも給湯できる。

2Fラウンドリビングより
「額絵的」オーシャンビュー
■16畳のリビングにソファを置くと用途が限定されてしまう。床を楕円に掘り、どこにでも座れるようにすることで、マルチユース、広さ、360度パノラマが得られる


■「贅沢さって何だろう」と、改めて考えたんですね。それは、お金がないと実現できないものではないはず。でないと──設計士ではなく──僕ら建築家、デザイナーの存在意義がないですから(笑)。
この家のいちばんのご馳走は「海」ですね。だからといって、家のどこからもべったり海が見える、海に直接的に接するというのは──ビーチリゾートはだいたいそういう造りになっていますが──贅沢でも上質でもない。言うなれば3食、幕の内弁当みたいなもんです。げんなり。朝はトラッドな和食で、昼はイタリアン、夜は鍋、みたいなほうが贅沢でヘルシーですよね。
家のどこにいても、海の匂い、音、気配は感じる。けれど、海との接し方の深さ、質、いわばインターフェイスは、それこそ日替わりで一月保つほど用意しようと。
もうひとつの「現実」は2000万の予算です。建坪を抑える必要がある。じっさいこのプランは27.5坪に抑えています。けれど引き算で、ストイックにはしたくない。ひとつひとつの部屋はミニマルだけど、使い勝手はマキシマムに。そういうのって贅沢じゃないかも知れないけれど、必要最小だけど充分な、よく使い込まれた工具セットみたいで、上質だと思うんですよね。
以上2点が、この家の主題です。

次ページの平面構成をご覧下さい。
海とのインターフェイス、で言えば、もっともダイレクト、FACE TO FACEなのは1Fの海に面したデッキです。ここは潮風も直接当たるし、場合によっては飛沫もかかる。この家の場合、他者の視線が少なく、家族と親友くらいしか出入りしない海側(3つのエントランス参照)がプライヴェートになるので、デッキは、主寝室とバスルームに通じます。両者は、海とのインターフェイスについてもデッキに準じ、主寝室は海に向かって全開放する折れ戸を持ち、朝、シーブリーズで揺れるカーテンにくすぐられて目覚めるとか、砂浜で眠っているような心地よさを得られます。主寝室に通ずるバスルームのバスタブにはゴムウィールを付けてデッキに引き出せるようにし、デッキにも給湯シャワーを設けます。朝、ヨットで海に出たお父さんがデッキのシャワーで潮を落とし、朝風呂、直接アクセスできる主寝室で着替え、という動線ですね。
山側はこの家のパブリックスペース。1FにはDKを設け、外部からは良い感じでこの家の暮らしがほの見えます。いわばパブリックでプライヴェートをガードする、かつての長屋門的なコンセプトですね。
海とは、ダイレクトではなくソフィスティケートされた関係。リビングデッキは外部ではなく、DKと連続する空間でフロアレベルも揃え、ランチワゴンを引き出せたりします。ここはあえて主寝室によってガードされ、海からの光と風の一部が遮られます。スケッチではベンチを置いていますが、気象や気持ちの状態によって、ここで読書したいときもあるでしょう。
通常は、1Fプライヴェート、2Fパブリックというふうに振り分けるのですが、上記コンセプトにより、リビングはDKと分離し、2Fに置きました。このリビングからは、海は、ビューデッキと窓越しに「額絵」のように見えます。16畳とミニマルであるゆえに、ソファを置くとソファに占有され、使い勝手が限定されてしまいます。そこでフロアを楕円に掘り、カーペットを敷き詰めました。これにより、どこに座るか(背もたれるか)により、海が見えたり、山が見えたり、「使い勝手はマキシマムに」。この敷地は自然林のマウンテンビューも悪くないんですよね。ここには暖炉を置きたい。テレビは可搬式のカウンターの上に、SONYのエアボードとか液晶小型のを。オーディオもBOSEあたりのコンパクトで高音質なものを。DKと分離してるんで水回りが欲しいけど、簡易キッチンにしたらプア、でもホームバーなら贅沢でしょ。そのあたりは演出で抜かりなく。
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2Fの海に面した子ども部屋からは海が見えません。
海ではなく、高い位置に設けた丸窓(舷窓をイメージ)から空を見せたい。……机に向かっているとき、海が見えるという機能が必要でしょうか。机を離れ、部屋に隣接するビューデッキに出るとこの家いちばんのパノラマで海が広がる……。
1Fのデッキは、ヨットでクルージングしているように、海面レベルにいるようなアイポイントを与えたく、この2Fデッキには、遠くまで見渡せるようなパノラミックビューを与えたいですね。
前庭はパーキングではありません。コンクリートを打ってタイヤ止めを設けて駐車場にしてしまうと、車を出すとただの空き駐車場でしかありません。プランでは樹を植えていますが、車を停めることだけ考えれば樹は邪魔なんですけどね。ハワイのビーチパークで、樹と樹の間に無造作にさくさくと車を停めて、その先でバーベキューしてるようなイメージ。ピロティというか、プライヴェートな公園といいますか。これも多用途に使って狭い敷地を活かし、贅沢に暮らす一法ですね。
コンセプトを述べましたが、玄関ホールの天井まであるクローゼット、ストックルーム、ランドリーなど、実用面もじっくり詰めています。


3つのエントランス
■屋内に入る、3つの動線を設ける。たとえば2)、家に帰り門扉を開けると海が見える。リビングデッキの向こうに広がる海を見ながらファサードを進む。家に帰るという日常行為自体が儀式であり、ひとつのアミューズメントになる。
1)は、鉄扉と玄関を介するパブリックでフォーマルな(普通の)エントランス。
そして3)、海に出て、帰るときはここから。お父さんのヨット仲間が遊びに来て(奥様に気を使うことなく)デッキで一杯飲んで帰るとか。プライヴェートエントランス。


海と暮らしのインターフェイス
■この家のご馳走は「海」であるといえ、家のどこからもべったり海と接するなんて贅沢でも上質でもない。
海との触れあいの質、深さを、多層的に用意した(本文参照)。