カリブ、ボネア島は、すべてが
生きものの死がいでできている。
地も、ビーチも、道も、建築も。
■南の島には、恋、生殖、野生の花や魚の色彩とか、
「生」の象徴のようなイメージがある。
しかし、それは違うのではないか。
南の島には、死の影が色濃く落ちている。
強い紫外線はその明るさと引き替えにすべてを風化させ
る。人の肌からも、土の壁からも、水気を奪い、路上の
けものの死がいもすぐに乾いてにおいを発しなくなる。
死の影。
ハワイや沖縄程度では、私はそのように感じたことはな
かった。カリブの南の果ての、ボネア島を旅して初めて
感じたことだ。
死の影。それは悪いものではない。しんと鎮まって、心
身を落ち着かせてくれる。
ボネア。オランダ自治領アンティール諸島のひとつ。カ
リブ海の南に浮かび、南米大陸のベネズエラまで50マ
イル。ダイバーにとっては憧れの島で、ランチが30ド
ルを下らないようなリゾートがあるが、それは一部で、
島民一般は、ヤギの放牧や漁師をして、自然とともに暮
らしている。
旅したのは、91年のたしか7月。だから、ここに記すこ
とは、13年前の話しとして了解されたい。
成田から直行便でニューヨークへ。トランジットがない
のでニューアーク空港近くのホリデイインで一泊、米領
プエルトリコを経てアルバに飛び、ローカルのプロペラ
機でボネアへ。辿り着くだけで2泊3日を要した。
ボネアの空は白かった。日差しが強すぎ、陽光というよ
りは閃光で、青を通り越して白く見えるのだ。
海沿いに、世田谷区くらいの広さの、半自然の塩田があ
ると聞いて見にいった。そこはマイルドセブンの白い世
界だった(古いか)。
海に面した浅いラグーンを締め切って、単に太陽で乾か
しているだけなのだ。塩になる前の、濃縮された海水は
淡いピンク色だが、あとは見渡す限り塩の純白だ。
雲母のきらめきを放つ、塩の築山があり、ベルトコンベ
アが動き、塩の山を削るブルドーザーが2、3見えるが、
人の姿はない。
危険なのだ。目をつぶっても明るく、頭をぐわんぐわん
と殴られるような光にさらされ、影はなく、音はせず、
風はなく、乾ききって水はない。
SPF80だかの日焼け止めを塗ったが、腕は腫れて水ぶく
れになった。シャツに隠された肩や背中でさえ。
かつて塩田で使役した奴隷小屋の遺跡があり、それは単
なる箱だった。入り口があるだけの、2畳くらいの、中
腰でしか立てないただの箱。そこに5人6人と詰め込ま
れたという。住居というより単に紫外線避けである。奴
隷を殺さないためには、日影が必要だった。
ビーチも白くて無人だった。塩かと思って見にいったら、
枝状のサンゴの死がいだった。アルファベットに似たも
のを探す遊びがあるという。そのビーチは、サンゴの死
がいだけでできており、砂はなかった。
ボネアは隆起サンゴの島だから、いちばんありふれてい
るのはサンゴなのだ。山肌もサンゴだし、舗装にもサン
ゴが使われていて、建築もサンゴでできている。
沖縄のリゾートなどでは、切り出したサンゴを積んで壁
にしたりしているが、そういうおしゃれな用途ではなく、
もっと実用的に、サンゴを砕いてセメントの骨材として
使っているのだ。
そのように建てられた建築は、ピンクに肌色を混ぜたよ
うな、黄緑の明度を落としたような、パステルのペンキ
で塗られ、それはすぐに紫外線に晒されて風化し、洗い
ざらされた分厚いコットンのような、いいかんじの風合
いになる。
ボネアは、すべてが生きものの死がいでできている。 山も、ビーチも、道も、建築も。 自然の森に入ると安らぐのは、鉄やコンクリートの人工物が目に入らないからだが、ボネアでは町中にいてさえ、その種の安らぎを感じる。舗装や壁の素材を聞いたからそう感じたのではない。規制で、低層建築しか建てられないことも手伝っているのだろうが、初めて町中を歩いたときから、おや、なんだろうこの安らぎは、と感じた。 郊外や、灌木の山にはやたらに山羊がいる。野生ではなく放牧の山羊だ。かれらが乳離れし、自活できる程度に成長したら、体に印を付けて農協に登録して野に離し、あとは放っておくだけ。 |
半野生、あるいは、ほんとうの放牧といっていい。そして、成長を見計らって捕らえ、肉にする。 山羊たちは奔放に野山をさまよって柔らかい草を食べ、恋をして子を作り、生を謳歌しているように見える。 しかし突然不幸が見舞う。死に直結する不幸だ。 クルマから降りて観察すると、かれらが人を 恐れているのが分かる。すぐに尻をみせて小走り、背後の人を窺いつつ距離を保とうとする。ひょっとしたらかれらは、自らの運命を知っているのではないか。 島の北に、ラックベイという、水滴型の美しい入り江がある。 |
周囲はマングローブ。砂州がうねりを吸収し、いつも波静かな入り江の奥に、のどちんこのような岬があり、その先端に廃墟がある。 誰かが、入り江の一等地であるそこにホテルを建てようとしたのだが、地盤が隆起サンゴのため石灰分が多く、地下に鍾乳洞が見つかり、それは埋めるにはあまりに巨大だったので、建築を断念するしかなかった。鉄筋の柱と梁が放置されたが、それはすぐに陽と潮に晒されて風化し、いまとなっては立ち枯れた巨木のように入り江の風景に溶けこんでいる。 ボネアで感じるのは「死」である。 それは悪いものではない。 |