……………… 自然紀行: 高原川上流とその支流群 1996 ………………

尺獲りのTOKO、見参    

(尺獲りとは、30cmを越える、イワナ、ヤマメを釣ること)

■テントを張り終えると瀬音に気づい
た。魚がいるかどうかもわからなかっ
たが、クマザサを分け、沢に降りた。
「ここから、あの淵にそっと近づき、
道糸を張ったまま、流れと同じ速さで
エサを流せ」と友は言った。
淵といってもひとまたぎの幅しかな
い。
……流れていた目印が止まり、不審
さに竿を立てて訊く。
生命!?、逸走、感電。頭上のボサも
構わず竿をあおると、そいつは1個の
金色の光となって水面を割り、ヘビの
ようにのたうちながら跳んできた。
エラを開け、ばくばくと息をしてい
るそいつを押さえると影、振り向くと
友。
………………!
「イワナだよ、成魚放流モノじゃねえな」
測ると265mmあった。
それがわたしの、渓流釣り初体験の、
うそじゃない、第1投だった。
高原川だった。
92年8月の、たしかお盆過ぎ。
初体験にして絶頂感を知ってしまった
わたしが、高原川に通うようになった
のは言うまでもない。
もう20回近くは通い──釣行回数は
少ないが、行けば少なくとも2泊、長
ければ5泊する──生まれて初めて
見、触った金色の野生を得たそこが、
高原川に合流する多数の支流のひとつ
の、そこに落ちる無数の沢のひとつで
あり、そこは高原川という性体験の、
あ、誤変換、生態圏の毛細血管のはし
っこに過ぎなかった、ということをわ
たしは知った。
そしてわたしは今も、高原川の岩や
樹や落差をさまよい、そのふかさに出
会い続けているのだ。

──高原川。
富山湾にそそぐ神通川の上流。河口
から55km上流に人口3万の神岡市があ
り、その上流が(一般的には)渓流釣り
のフィールドとなる。
数々の支流は、黒部五郎岳、槍ガ岳、
穂高岳など、北アルプスの主峰を源頭
とし、水勢は強く複雑だ。
高原川は秘境ではない。国道に沿っ
て流れる本流は、ヒト臭い採石場や田
畑や民家の中にあり、渓流釣りの世界
では有名で、雑誌などでさんざん紹介
されている。
例によって、無意味破壊的公共工事も
多い。微に入り細にわたり告発したい
が紙数がない。
破壊が著しいその本流筋でさえ、しか
し、河岸の巨岩や中州の植生など、自
然力を感じさせる。

そう、なぜ高原川なのか?
第一の魅力は渓流魚の美しさと大き
さだ。
96年の5月には本流筋随一のボイン
ト、支流双六川との出会いで、地元の
ルアー師が、57cmを頭に20尾の尺上
(30cm以上)のイワナを釣った。
潮ではともかく、川でそれだけのサイ
ズが釣れるのは珍しく、
okihida-01.jpg
okihida-02.jpg
okihida-03.jpgfoto by TAKI
LinkIcon → download to read
大物はヒレやエラが乱れ
がちなのだが、高原川のそれは流れに
洗われた野性美に充ちている。
神岡の釣り具屋の親父さんによれば、
昭和20年代、まだダムがなかったころ
はここまでサクラマスが遡り、尺アユ
もいたそうだ。
漁協の放流量も多いのだが、川の生
産力が大きい。
北アルプスの雪代を集める流量や、
自然林の伐採は進んでいるとはいえ
いまだ深い森が、放流された発眼卵
や稚魚の自然繁殖を促している。
第二の魅力は、言葉よりも写真が雄
弁に語っている、支流群の峪の深さ、
水の清さ……。
わたしの秘密のポイントは、支流に
沿って延びる林道をクルマで5分ほど
登り、その支流から分かれる沢沿いの
そま道を15分登った所にある。
林道には、名前は知らない、大きな
アゲハチョウが乱舞し、杣道(そまみち)
は崖といっていい急斜面の山腹に切られ
ているのだが、その幅30cmの杣道に
カモシカがいて、
立ち去ってくれずに立ち往生したり、
峪を渡る野猿の群れに囲まれて凍る
こともしばしばである。
支流の上流部の多くは、三ツ道具が
ないと遡れないほど険しいが、下流部
は歩くのにそれほど難儀はせず、しか
し苔むした巨岩や、胸まで埋まる下草
など、自然力に充ちている。
人工物は目につかない、といえばう
そになるが、それは見えなかったこと
にすればいいのだ。
第三に、高原川はコンビニエントだ。
神岡には酒も買える24時間営業のコン
ビニがあり、NTTの支局と、わたし
が確認しただけで2台のISDN公衆
電話があるから、ブック・コンピュー
タで仕事もできる(それが、わたしの滞
在を延ばす理由でもあるのだ)。
そういう便利さと自然は背反するも
のだが、高原川ではなかなかに共存し
ており、コンビニから森探い峪へ、峪
からコンビニへと30分でワープできる。

夜明けとともに大支流・双六との出
合いや支流の大場所でミノーを投げ、
40cmのアマゴ、50cmのイワナを狙う。
日が高くなれば沢だ。
ルアー竿をテンカラ竿に持ち替え、
林道を歩き、杣道を登り、沢に降り、
毛バリを打ちながら遡り、探り、遡る。
頭上のボサで、もはやテンカラは振れ
ず、エサ竿に40cmのハリス、その先の
毛バリで水面をたたくしかないのだが、
小さなポイントからでも、尺上のイワナが
出るから気が抜けない。
林道に上がりEPIガスでコーヒー
をいれる。
昼は、無名なのだが意外にうまい奥
飛騨ラーメンを食う。

白昼は釣りにならないから、名物の
露天温泉でゆっくりすればいいのに、
あの瀬、あの淵と思い出されてじっと
してはいられない。
飽きず、疲れず、森の奥、水の奥へ
とさまよい、夕暮れの残光を追うよう
にクルマに戻り、温泉でからだを伸ば
し、神岡の居酒屋でビールをあおり、
寝酒を飲みつつ仕掛けを準備し、あし
たの夢を見ながら眠るのだ。
spacer_8pix.gif
TOKO付記: ■何かに凝ると、数年から10年ほどハマる。渓流釣りは、92年から以後10年間没頭。これは当時、山と渓谷社が出版していた"OUT DOOR"誌に載せた、高原川とその支流群の釣行、自然紀行。
渓流のイワナ、ヤマメにおいて、尺、30cmオーバーは勲章。「尺獲りのTOKO」と自称していたのだが、大物釣りの技術に長けていたわけではなく、尺物が釣れるまで、山から帰らなかったからである(渓流釣り師なら
ここで苦笑するはず)。
わしとしてはめずらしく、写真セレクトと本文のみ入稿し、編集(写真組み、見出しなど)は、山渓の編集者が担当した。