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 15 .pdffoto by TAKI

そして、わしらは笑った、
「フリチンなって、必死で着替えてんの」

9月の末、スズキくんからとつぜん電話があった。
かれはプロウインドサーファーで、雑誌に寄稿したり、最近はFM東京でレギュラーの番組を持ったり、とれんでいドラマで菊地桃子と共演したり (するらしい)、いろいろ活躍している。
わしは、友人は少なくてもいいと思っている。
1 人か2 人、親友がいればいいと恩っている。かれは30を過ぎてできた、3 人目の友人である。
わしはかれに、乗鞍岳の麓の沢で、イワナ釣りを教えてもらった。
「すごい情報があるんだよ、春にね、入れ喰いだったらしいよ、釣れれば9寸以上で、天然のピンシャンだってよ、もうすぐ禁漁じゃん、最後にいっぱつデカいのを、さ」
とスズキくんは言うのだった。
異存はなかった。
一般論として「すごい情報」はガセに終わることが多い。っていうか100%ガセだ。でもいいのだ、釣りにおいては、夢を見れれば8割は成就したということであり、結果が伴えば完璧以上なのである。
わしはそのとき締め切りに追われて36時間眠っておらず、入稿も済ませていなかったが、電話を切り留守電セットするや鎌倉のスズキくんの家に飛び、マウンテンバイク2台をルーフに積んだ。
むろん、スズキくんも暇ではなく、締め切りのある仕事を抱えている。
中央高速を走るのはいつも深夜だ。
かれにハンドルを預け、助手席で仮眠を取ろうとする。トンネルの、黄色いカクテルライトの明るさで、ときどき目が覚める。
スズキくんとは、下らないことばかりを話す。
「わし高校のときな、一人で加古川市民会館にNSP のコンサー卜、聞きに行ったんやぞ、”夕暮れどきは寂しそう”やぞ、どや、恥ずかしいやろ?」
「おれなんてE.YAZAWA の Tシャツ着て、いっつも首にタオル、掛けてたけど」ともっと恥ずかしいネタで切り返す。

南アルプス、遠山川(だっけ?)支流へと登るる林道の入口に着いたのは午前4時、林道は車1台と少しの幅しかなく、暗くて見えないが、道の遥か下から聞こえる沢の音で深いV 字峡谷であることが分かる。
林道の車止めに着き、薄明るくなるのを待ってルーフからMTB を降ろす。
釣り場へは、山道をさらに MTBで90分、登らねばならない。
睡眠不足であっても、脳と眼以外はそれほど疲れていないものだ。36時間寝てないのに、90分も山、登るのかよ、と疲れるのは脳で、カラダはけっこう黙々と働く。

MTBで林道を登ったのは初めてだったが、ひとつ発見した。軽いギアで早いピッチで漕ぐより、重めのギアをゆっくり踏むほうがラクだ。
最低だった。
魚影なくアタりなく釣れる気もせず伐採や堰堤工事で荒れていて、冷たい雨まて降りだした。
空が暗くなり沢が濁る。
荒れた山は保水力がないため少しの雨で濁流になり山腹が崩れる。
あわててMTB に跨り林道を下る。
途中、林道を横切る側溝の鉄の蓋のスリットに前輪が落ちゴロタ石の路面に一本背負いで叩きつけられメガネが飛ぴ雨具の肘が破れ血が湯みちょっと涙も滲んだ。
自転車でコケて泣くのは30年振りだ。
すぐ先も見えないほどの豪雨になる。
山は、山によっては、あっけないほど閣単に崩れる。車止め以下の林道は、谷底の沢に至る崖を車一台ぷんだけ切ったようなもので落石が多く、悪くすれば路肩ごと谷底に落ちる。

車止めに着き豪雨のなかウェイダーを脱ぎフリチンになって着替える、ズボンに足を通せないほど浮足立つ、事態は切迫しているのだがそういう互いの姿が滑稽で妙な高揚、林道を降りるがカーブの向こうに落石があるかも知れず、飛ばせないし豪雨はますます激しく高速ワイパーをかけても視界が効かない、右の崖を見上げ落石が無いことを確認しつつ焦り前を見ると一抱えもある岩が道に数個散乱し、さらにカラコロ岩が落ちてきて地滑り寸前、急プレーキを掛けスズキくんと顔を見合わせる。
明日が原稿の締め切りなのだ、山に閉じ込められるわけにはゆかない、行くか!?  冷静に考えると絶対に突破できない、岩の間を縫って進むには2000回ほど切り返さねばならず、岩は200kgばかりあって人力では動かせない、我にかえって叫ぶ、パックー!
そこに岩が落ちてきて車を直撃するかもしれないのだ、慌ててパックギアに入れ戻る、崖が切れ林道が太くなっている場所にクルマを停める、営林小屋があり、職員のオヤジがひとりいる。
「あのォ」
と尋ねるとオヤジは、自業自得だろうと冷たい口調て言った。
「雨が上がればの、ブルで岩、除けてやんよ、ま、いつになんか分かんねえけどなぁ」

明日は締め切りで、電話はなく、食い物もなく、いつ山を下りれるか分からない。
豪雨はさらに激しく、事態は絶望的になりつつあった。わしとスズキくんはワイパーを止め、フロントグラスを厚みのある膜となって流れる雨を凝視しつつ暗溜となって5分ほど死に、シートを倒して何も考えないよう努力した。
そして、わしらは笑った、
「フリチンなって、必死で着替えてんの」