…………… OUT DOOR "OUT OF" LIFE 1990 ……………

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野宿は、女連れですべきではない。
所帯じみるから。
野宿は、ひとりですべきではない。
それは、たんにマニアであるから。
野宿は、男同士ですべきである。
以下は、右の主張に関する
小文である。




■わしとTAKIは同じく33歳でAB型で、さらに
同じくアル中で、ワガママで、
親不幸で、浪費癖があって‥…と、2千個ばかり
づつ欠点があるのだが、2人とも、少なくとも
二つだけ良いところがある。
仕事ができて、物事に恬淡としていることである。
首をかしげるところは多々あるが、わしはおおむね
TAKlのことを認めている。
それは以下のようなことである。
例えば本栖湖の湖畔で炭焼きバーベキューをした
として、わしがその旨さに感激して、必要以上に
しつこく、旨いなー旨いなーなんでやろーと尋ね
たとする。
そんなとき、「空気がおいしいからですよ」など
としたり顔で言うやつとは口をききたくない。
TAKlなら、どんなに疲れていても空気がうまい
からだなどとは言わない。少し考え、うーん、炭
から出た成分が肉や野菜の表面に取り付いて、中
の汁を逃がさないからではなかろうかなどと言う。
それが事実であるかどうかは問題ではない。
もしTAKlが、空気がうまいからだよ、と言うよう
になったら、彼の写真も終わるだろう。
そんなTAKIの態度はわし自身のそれとも似ていて、
わしは結局わしにしか関心がないのだろうとも思う。
TAKlが、そう気づかせてくれるのである。
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わしらは一般的な意味でのトモダチではない。
電話をかけて酒場で待ち合わせ、性や老いについての悩
みを語り合ったりはしない。
しかしわしとTAKlは普通のトモダチ以上に濃い付き合
いをしている。一緒に取材することが多いからだ。
TAKIは海外取材が多い。TAKIの次回の来日はいつです
かと聞かれるほどほとんど海外にいて、わしもよくサン
フランシスコとかホノルルとかの空港で待ち合わせる。
先に着いたほうがレンタカーを借りて、アライバルゲー
トで相手がでてくるのを待ち、宿を捜しながら、どんな
絵を作ろうかと相談するのである。
TAKlと仕事するのはどちらかといえば楽しい。
ノリが似ているからだ。子供が交互に積み木を積み上げ
て、とんでもない高さになってしまってヤバいけど、いっ
ちゃえいっちやえみたいなノリである。そんな大した仕
事してないじゃないかと言われそうだが、それは取材費
が乏しいせいである。
延べにすると、もう200日近く、TAKIと取材で合宿し
ていることになる。たまにベーコンの炒め方などでモメ
ることもあるが、おおむね問題はない。二人とも酒が好
きで、何でも食い、健康で、いつも機嫌がいいからだ。

8月の初め、TAKIから電話があった。
「えー、滝口ですー。本栖湖に、キャンプに行きましょ
うよー」
シャイでナイーヴで上品なわしは混乱した。
「え、仕事で? それともアソピで?」
だってこれまで仕事以外でTAKIとどこかに行ったこと
はないのだ。一緒にアウトドアライフするなんて、まる
でトモダチみたいじゃないかと、シャイでナイーヴで上
品なわしは混乱したのだ。
「いやー……その別にそのいまー、パラグライダーに
凝っててー、面白いからやりに行かないかなと思ってー」
そうなのだな、とわしは思う。
わしらにとっては仕事もアソビもないのだ。これまで
一緒に仕事してきたからこそ、朝4時に起きてハレアカ
ラに登って朝日を撮ったり、撮影のためにクルマを燃や
したりロビーの家に行ったりヘリコブターを雇ったり、
アソピで行くよりずっと、遊んできたのだからな、と。
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パラグライダーは生まれて初めてで、テントで寝るのは15年ぶりだった。
パラグライダーは最高だった。快晴で毎秒3mの上昇気流があって、3回も空を飛べた。
パラグライディングは浮遊というよりは沈降で、どこかタイピンクに似ていた。
大気という流体のなかをゆっくりと沈み、大地という海底に着くかんじなのである。
キャンピングは最低だった。小雨混じりの強風で、夜半すぎ豪雨となったからだ。
二人で強風のなか苦労してテントを設営して、わしが野菜を洗いに行っているあいだTAKIが雨避けの天幕をやっと張り、わしがその天幕の下のイージーテーブルで野菜を切って鶏モモに塩コショウをしているあいだTAKIは炭とランタンの準備をした。
天幕は低く、風でつぶれ、硬くてなかなか切れないカボチャを切っているわしの頭をぐいぐいまな板に押し付けた。
わしはイライラしてナイフで天幕を引き裂こうと思ったがTAKIの天幕なのでそれはさすがに我慢したのだが、怒りに声を震わせて、なあ、この天幕取ってまおうやと言って、TAKIは濡れてもいいんなら勝手にしなよと不自然なくらい冷静に言って、二人のあいだに険悪な空気が流れた。
しかしわしらはひどく空腹だったので我慢強くシシトウやシイタケや口ースを焼いた。それらがシシジブチプチと弾け始めてわしらの気分をナゴませたとき突風がコンロを倒し、それらわしらの希望を真っ赤に焼けた炭もろともわしらの足許にぶちまけた。
TAKIは怒りを殺して──わしは思うのだが、常に被写体という瞬間に対応しなければならないカメラマンはボクサーに似て修羅場に強く、つまり逆説的にカメラマンの能力というのは修羅場で測られるのだろうと──カメラマンはさすがに、ここは我慢のしどころと、まるで自分を躾けるように、
辛抱強く牛タンやタマネギを拾っていたのだが、次の突風に吹き飛ばされたランクルのドアが後頭部を叩き、のめって倒れ砂を食い、ファアーック!!!という断末魔の叫びは、富士の大斜面に反響して低く長く続いたのだった。
…………。
TAKIは疲れて、先に寝てしまった。
わしはやつのローヤルクラウンを啜り、やつが用意してくれたエアマットの上で体を伸ばしながら、そういえばTAKIは、最高の酒も、エアマットもあるからさと、わしを誘ってくれたんだなと考えていた。不自由な野宿だからこそ、誘ってくれたのではないかと。…………風雨はさらに激しく、状況は絶望的になりつつあった。

野宿は、男同士ですべきである。
わしにはTAKIというその理想的な相手がいる。
首をかしげることは多々あるが、わしはおおむね彼を認めている。