

海を望んで深呼吸する いかにして暖かいものとなったか ■ 小林氏(36)は、広告クリエイターで、例を挙げれば「ああ、あの」と誰でも知っているだろうCMをいくつも手がけている。その仕事で、元町、山手をロケハンしたことがあり、街の空気感や眺望に安らいだ。 結婚を控えてもいて、このあたりに家を持ちたいと不動産を探し始めた。 建て売りや、洋館の中古物件なども視野に入れたが、どうもこれだと思う物件がない。結局4年を費やして、この中区の丘の土地と、ある建築家に巡り会った。 この家が完成して1年になる。施工の過程も楽しいものだったし、住まいに期待していた、実用性以上の、 なんというか暮らしのシアワセ感が実現しているし、不満はとくにない。 そのいわば成功体験から、これから家を建てようとする読者にアドバイスを、とお願いすると小林氏、 「じっさいに、自分が持ってるイメージに近い家を建ててる建築家に頼むことじゃないですかね」と、ユニークではないが説得力のある回答。 氏自身、望む家のイメージはあり、なんとか風は厭、と好みも明快だったが、望む住宅像を具体的な言葉にはできなかった。 それが、建築家の事務所を訪れて、施工事例の写真や模型を見るうち、要するにこういうことではないかと、イメージとシンクロしたのだった。 アンケートを求められ、クルマが2台入るガレージ、広いキッチンや海が見える風呂が欲しい、といった要求で埋めていった。 |
図面が上がり、説明を聞きに行った。 まず感じたのは、自分たちが「理解されている」ということだった。 そのプランは、将来にわたる生活の要求を(スタティックではなく柔軟に)満たすものだったし、旅で、すこし背伸びしたホテルを選ぶような、ケとハレでいうハレ感も孕んだものだった。 プランを作った諸我尚朗氏(アトリエアルク代表・神奈川大学非常勤講師)は、横浜湘南地区で住宅を多く手がけている。RCもS造も守備範囲だが、「建築の内と外を分かたず、風と光が自由に出入りするような」木造住宅が好きである。 「木も呼吸するからね、木もそこに暮らす人も、深呼吸できるような」 となると壁で保たせそこに開口部を穿つ2+4ではなく、柱と梁で組んでゆく在来工法が面白い。 小林邸のおもしろさは断面にある。2階が天井高4.5mの吹き抜けになっているのだ。敷地のチャームポイントはなんといっても海が広がる眺望だから、東南面をほとんど──2階は4.5mの高さの広大な──開口部とし、さらに特等席たる屋上デッキも設けた。その防水性を確保するためにもかなりの強度が要求される(地震で構造がずれると雨漏りの原因となる) 2階の大空間と強度、という要求を満たす回答が剛床構造である。2階の床下と、吹き抜け部、および天井に半間ピッチで梁を渡し、水平剛性を確保。さらに柱間に丈夫な構造用合板を張り、2+4的な壁強度を与えた。 空間的には贅沢だが、コストは抑えられている。内装はあらわしで(固定資産税も軽く)、柱は杉(通し柱は檜)、梁は松、壁紙は吸湿性があるパルプ繊維クロス、 |
外装はガルバリウム鋼板、アルミ素地の小窓覆いなど、一貫して比較的安価かつ質実で耐久性のある素材が使われている。ゴージャス感はないが、素材が無垢の剥きだしなので、ざっくりとして心地よい。 エクステリアで特徴的な、2階の窓全面を覆うメッシュは、RC打設時などに使う工事用のステンレス製ワイヤーメッシュという。 この窓はフィックスというプランもあったが、それでは風が入らず、外面も拭けないので、開くようにし、掃除のためのキャットウォークを設け、子どもの安全のために全面そのワイヤーメッシュで覆った。 ガレージ上の一階ウッドデッキは、3.5mほどの高さがあるため、腰高の柵を設けた。 が、当時2歳だった長女が脚立に登って遊んだりしたため、これでは不足と、柵を2重にしたうえ、プランタースペースを設けた。 1階の天井は24mm厚の構造用合板で、2階床の下地材を兼ねている。低コストで、空間を20cmほど高く使え、2階への階段も1段低くできる。しかし欠点もあって、遮音材を張ってるといえ通常より音が響くのだ。 「奥さん、多少音は響くけどいいよね、家族で住んでるんだから」と、諸我氏は同意を求めた。 住んでみると、キッチンにいても、 2階にいる、まだ小さい子どもが立てる物音が聞こえて、かえって安心できると奥様は言う。 この家は、そういう現場でのすり合わせを重ねて建てられ、暖かいものとなった。 |