■ゴージからサンフランシスコへはAMTRAKで帰った。 15時05分にポートランドを出て、翌日の8時20分にサンフランシスコ近郊のオークランドに着く夜行列車だ。 飛行機のチケットが、310$の正規のものしかなかったからだが(AMTRAKは自由席のコーチクラスで125$)、もうひとつ理由があった。ガラスの催眠効果をじっくり確かめようと思ったのである。 クルマのフロントグラスには映画的な催眠効果がある。 クルマという鋼鉄のシェルターに守られ、カーオーディオによって聴覚を飽和させ、エアコンによって皮膚感覚を中立させ、スピードによって視覚を微震させる。イダニションコイルから発生する電磁波は、脳のある部分を麻痺させる。 やがて、フロントグラスの向こうに流れるものが、スクリーンに映った光のような、虚構に見えてくる。 自分の感覚と、窓外を後方に飛び去るガードレイルや鉄柱とかが垂離して、ハンドルを切りそこねてそれらに激突したら怪我するということが信じられなくなる。 本当に激突して腕が千切れたりしたら、それはそれで非現実的だろうけど。 一人で、何千キロもドライブして、アメリカ大陸を撮影旅行するTAKIは、晴れた夜、街灯もなにもない道にさしかかるとヘッドライトを消して走るそうだ。 対向車も民家もない。光は、星だけだ。 漆黒の地平と降るような星、宇宙を飛んでいるように思える。ときどき鹿を轢いてしまう。 ともあれ、クルマは運転が面倒だし、ビールも飲めないし、ときどき窓を開けて風を入れ、外界との感覚的関係を回復させないと危険でもある。 そんな訳で、わしはAMTRAKに乗ろうと思ったのである。 AMTRAKも、飛行機と同様、街の代理店や駅で買ったチケットを、カウンターでボーディングパスに替えるのだが、それは淡いオレンジ色の手札くらいの大きさの、もらったわしが不安になるくらいの粗末な紙片で、片面には簡単な、意味不明の表が印刷されており、反面は白紙で、そこに駅員がマジックで、シスコ行きならSFO、ロスならLAと大書するだけなのである。パスには日付も入っていないし、鋏も入れないし、スタンブも押さない。 そのこころもとない、ヤクザな紙片がわしを、サンフランシスコに連れていってくれる。 駅には駅舎はあるがプラットホームがない、どころか柵もなにもない。駅の外の駐車場と同じレベルで、有刺鉄線産も介在せずに直接線路に続き、その上に無防備に列車が停まっている。 警備員もいない。駅舎の脇を擦り抜けて、簡単に無賃乗車できそうである。 パスなんて子どもでもに偽造できる。駅員は、寝台かコーチかといったグレードと行き先だけを聞いて、何番の車両に行けというだけで(表が印刷された)パスの裏なんて見ないから、似たような色の紙を同じ大きさに切って、マジックで行き先を書くだけでいいのである。 こんなことなら金を払ってチケット買うんじゃなかったと思ったというのは嘘だがアメリカのことだから何らかのシステムがあるんだろうと知的好奇心が湧いた のは本当で、駅員に取材しょうかと思ったのだが英語で無賃乗車ってどう言えばいいのか考えるのが面倒でやめた。 ライン5に並べという。黒人の少年とか、くたびれたれた中年が多い。時間よりも経済性を優先させているのだろう。彼らアメリカ人のほとんどは、旅行ではなく何らかの所要があるように見える。だから余計に貧しく見える。 地球の歩き方を熟読しているような、デイパックとワークブーツの、日本人の若い女の二人連れもいる。 髪が脂じみていてブスだから声はかけない。 バンクーバー発ロスアンジェルス行き、ジュラルミンの肌のCoast Straight 11号が、20分遅れでポートランド駅に入ってくる。 (次号に続く) |
■リッジモンドで観た(ロボコップ2)はすごかった、あれは、脳と脳以外のカラダと、肉の意識と金属の肉の、あれはつまり脳波という電気と命という関係を、きちんと扱っていたもんな、そしてそれを、サルみたいな中学生でもきちんと引っ張ってゆくエンターテイメントにしあげていたもんな、 ロボコップがアタマのボルトをきりきりラチェットレンチで締めながら「人間ってそういうもんだからさ」とか言って終わるラストシーンも凄かった、 あのときのロボコップは超肉体的・超意識的存在で、つまり皮肉な神なんだ、と考えているとAMTRAKが動き始めてカラダが揺れて意識が肉に近いところにワープしてそうだこれから17時間もこれに乗るんだと思ったら少しわくわくして少しうんざりした。 なぜうんざりしたかというと17時間AMTRAKに閉じ込められるからで、それは自分は生まれてからこれまで一度もこのカラダから出たことがないという憂鬱の象徴だからであり、なぜわくわくしたかというと、17時間AMTRAKに閉じ込められるという柔らかい監禁は浅い睡眠に似ていて、浅い睡眠は夢という超意識を生むからである。 わしが七つのとき、わしの一番の歓びは盆と正月の両親の生地への帰省で、それはいつも夜行列車だった。 わしはその夜を、眠るでもなく醒めるでもなく過ごしていた。ゆらゆらとして、踏み切りの鐘の音でおこされる、というその繰り返しを、眠ろうとすれば醒めようと、醒めようとすれば眠ろうと、自虐的に楽しんでいた。 それは悪い癖で、たとえて言うなら立ち眩みをワザとするみたいなことである。 AMTRAKは、25年ぶりの立ち眩みなのだった。 AMTRAKでは乗客はみな2階に座る。 プラットフォームなどはなく、ちょうど本屋にあるようなステップを使って乗り込むと、その意外に狭い一枚ドアのすぐ協が棚になっていて、万一盗まれても比較的痛くないラゲイジだけを放り込む。 棚の奥はトイレと洗面所。大人二人だと擦れ違えないほど狭い階段を昇って2階席に行く。 指定席はないが、席数以上には切符を売らないため座れないことはない。 二人掛けで、新幹線のグリーンよりも、幅、レッグスペースともゆったりしている。わしは早速車内を捜索して売店を見つけ、キンキンに冷えたバドを2缶とカリフォルニアワインとワイルドターキーの小瓶を買い込み席に戻ってテーブルを出してそれらをずらりと並べていると左の頬に視線を感じた。 それは通路を隔てた向かいの席の初老の、清く貧しく今にも死にそうな白人女性だった。 骨が細そうで、どこか童女のような風情があり、わしのことを不幸なアルコール中毒とでも思ったのか、哀れみを込めた、深く慈しむような眸でわしを見ていた。わしはそんな彼女の視線が半分迷惑で、最初のビールをうぐうぐうぐとほとんど一息で飲み、AMTRAKに乗るまえにポートランドであわてて買ったヘッドフォーン式のFMチューナーを耳に掛け、ウィンダムヒルみたいな曲をやってる局を捜した。 幸い車内の空調は完壁に近かった。アルコールで消化器を疲れさせて飛ばし、FMで聴覚を倦ませて飛ばし、完壁な空調で皮膚感覚を休眠させて飛ばすと、やがて視覚だけが際だって覚醒してくるはずだった。 眼球は露出した脳だから、わしは純粋に意識的──非・肉体的──な存在に近づけるはずだった。 それは目を覚ましながら、極めてリアルな夢をみているような状態であるはずだった。 AMTRAKはポートランドの郊外をゆっくりと、ジョギングするくらいの速度で走っていた。二階席は微妙な高さで、その速度とあいまって、それはちょうど秋のトンボが持つ視覚を得ていた。 町工場の看板の小さな活字も、その中で働くひとが旋盤を畏れている様子も、踏切りを待っているロードレーサーに乗った女の乳房のかたちもブラジャーの硬さもはっきりと分かった。 (次号に続く) |
■月をみたいと思った。 今夜夢にでてくるような満月になれば。 AMTRAKの窓は開かない。 AMTRAKの窓はすべて緊急脱出用で、すべての窓に、窓枠の0リングを引き抜くためのレバーが付いている。それはとてもアメリカ的で、 それはとても現実的である。 事故がなければ破れない。 向かいの席の清く貧しく今にも死にそうな初老の白人女性がしわがれた咳をした。 サンフランシスコに着くまでに死なないでくれよと思う。 彼女がわしに話しかける。 「アメリカは初めてかい?」 YES、とわしは嘘をつく。 彼女は面倒だ。 元気のない人に親切にされるのは疲れる。 元気がないということは、自分以外のことを構う余裕がないということだから(彼女は老いていて、純粋に親切な人なのだが)、元気のないときは、他人に構わず、ケモノのようにひとり回復するのを待つべきなのだ。 つまりわしは邪魔されたくないだけなのだ。 深刻な疲れを噛みしめているような表情の彼女と同様、わしは自分自身にしか関心がない。 自分のカラダや意識が、わたくしに、もたらしてくれるかも知れない未知の感覚と出会うことを、いつも楽しみにしている。 AMTRAKはポートランドの郊外を過ぎ、森に差しかかった。 森の向こうは湖で、溢れるような、銀色の水をたたえ、線路は、柵や堤防を介さず直接森と湖につながっている。 森は時に小径になり深い芝生の公園となり、湖は渓流になりダムになる。線路は森のなかにあり、水のうえにある。 それはまるで写真や映画のように現実感のない現実である。 AMTRAKの、ハメ殺された強化ガラスの効果を借りて、翻訳された現実を感じょうとするのだ。初めて見る風景なら、その行為は成しやすい。 ミスター! 野太いバリトンの声に我にかえる。黒く細いパンツと蝶タイの、引き締まった体つきの、中年の黒人男だ。ミスター、ディナーはなにがいいか、ビーフかチキンか? うんあーえーとーチキンがいいと答えると、彼はさらに聞く。5時半か6時半か7時半か、と。あーえーとー6時半と答えると彼は次の席に行ってしまった。 飛行機みたいに食事が付いているのではなくて、ビュフエがパンクしないよう予約を取っているのだった。12$50¢のチキンディナーは、恐ろしくまずかった。美味と同様、まずさを文字で表現するのは難しい。 干からびてぼそぼそになったスポンジを薄いチキンスープで煮たような代物だった。 席に戻ると森が迫っていた。 FMはもう、届かなかった。 視界の中には民家も橋も道もなかった。 人為を感じさせるものは、保線のためだろう、線路のわきの、幅10mほどの整地跡だけだった。 整地の跡も雑草で荒れていたが、AMTRAKの強化ガラスのなかには人為が満ちていた。わしは人為とは何かと考えた。それはひょっとしたらわしがいま、強化ガラスのそとに超現実を感じようとしているみたいなことなんだろうと思ってがっくりと白けた。 肉体の平凡さ、とりわけ健康な肉体の平凡さにがく然としたのだ。 だってわしがそんなふうに失望したのは、さっき食べたチキンのせいかもしれなくて、そのチキンがいっそ完璧に腐っていたらわしはいまごろ幻覚のひとつも見ていたかも知れないのである。 なんか面白くなくなってしまってわしは眠ろうとした。ゆらゆらとして夢をみた。 夜行列車の夢だった。 夢の列車の窓外には、夢のような森と、そのうえに眩しい月が浮かんでいた。隣の老女の声で目を覚ました。彼女はわしの肩を揺らしながら囁いていた。 サンフランシスコに着いたのよ。あなたはもう、夢を見なくていいのよ。 |